天使再来(前編)

 

「友雅」

如何なる不思議か、広大な森となっている晴明邸の庭を、

泰明の住まう庵へと向かって導かれている最中。

何処となく弾んだ声で名を呼ばれて、目を上げた友雅は、思わず微笑んだ。

目の前に、紅いいちしの花(彼岸花)を両腕に抱えた泰明が立っている。

「良く来たな。待っていた」

「こちらこそ、お招き有難う、泰明。どうしたの?随分ご機嫌だね」

友雅の傍近くへと歩んできながら、泰明はこくりと頷いた。

肩に流れる艶やかな髪が、木漏れ日に煌きながら胸元に滑り落ちる。

泰明には、桔梗のような落ち着いた清楚な色合いの花が似合うが、

こうした鮮やかな色の花も良く似合う。

そう思うのは、決して「惚れた欲目」ではない…筈だ。

「今日はこれから泰継が来る予定なのだ」

「へえ、泰継殿が。久し振りだね」

泰明の弟のような存在の泰継。

彼が住まうのは、今から百年後の世界だが、

こうして時折時空を超えて、泰明の元へ遊びにやってくる。

泰明に良く似た端麗な泰継の姿を思い浮かべつつ、

友雅は泰明の腕の中からいちしの花を一本抜き取り、茎を適当な長さに折り整える。

「今日、来るのは泰継だけではない。泰継がもうひとり新たな客人を連れて来るのだ。

それで、友雅にもその客人を是非紹介したいと泰継が…」

紅い花を弄ぶ友雅の手が一瞬止まる。

「泰継殿が、是非にも…と仰ったのかい?」

「?そうだ」

友雅の様子に首を傾げながらも、泰明はきっぱりと頷く。

「…そう」

実のところ、泰明と大変仲の良い泰継の友雅に対する評価は厳しい。

何せ、初めて顔を合わせた日に、友雅を泰明の相手としては認めないと正面切って宣言されたのだ。

そんな泰継が自分の知人を友雅に紹介したいという。

一体どういうことなのだろう。

(…取り敢えず、これ以上泰継殿の反感を買わないよう、言動に気を付けるとするかな)

最近になってようやく、泰明の師匠に認められ始めて、

師匠が在宅時にも、泰明に会うことを許されるようになったのだから。

それもこれも健気な泰明が、師匠の前でも臆せずに(泰明自身としては臆す理由など何も無いのだろうが)、

自分への好意を率直に示してくれていたお蔭なのだろう。

故に、泰明とふたりで過ごす時間を邪魔されるようなこともなくなったが、

友雅が泰明に何か不穏なことをしようものなら、すぐに妨害が入る。

遠巻きながらも、監視の目は光らせている、といったところか。

これを打開するには、長期戦を覚悟で、泰明が示してくれる好意に相応しい誠意を示し続けるしかないのだろう。

それは恐らく泰継に対しても同様だ。

「そのもうひとりの客人というのが泰継の…どうした、友雅。何か問題でもあるのか?」

一瞬考え込む様子を見せた友雅に気付いた泰明が、続けようとした言葉を途切れさせ、僅かに細い眉根を寄せる。

それに、友雅は穏やかに首を振ってみせる。

「いや、何も問題はないよ。泰継殿がどんな客人を連れてくるのか、楽しみだね」

「…そうか。ならば良い」

再び、こくんと頷いた泰明に微笑み掛け、

茎を短くしたいちの花を泰明の右耳の上、団子の形に纏めた髪の結い目の辺りに挿してやる。

「ふふ、たった一輪飾るだけで、まるで天女の装いだ。さすが「天上の花」と言われるだけはある」

戯言めいた口調で言いつつ、白く秀麗な額に口付けると、泰明はやはり怪訝そうに首を傾げる。

「てんにょ?何の話だ?」

恐らく友雅の言葉の半分も理解していないだろう、泰明の無邪気な様子は可愛らしく、

紅い花に飾られた姿は戯言を抜きにして本当に麗しい。

「ああ…でも、この花が似合うのは、君が美しいからこそなのかな」

そんな泰明に見惚れつつ、友雅は目の前の細い身体を引き寄せる。

泰明が腕に抱えている花を潰さないよう柔らかく。

腕の中で泰明が不思議そうに瞬きを繰り返すのに、ふいに悪戯心が湧く。

これくらいなら師匠や泰継の求める誠意に反することはないだろう。

今この腕の中にある花の誘惑に抗しきれる者など恐らく皆無だ。

そう内心言い訳しつつ、いちの花ほど紅くはないが、甘く色付いた花の唇に唇を寄せた。

 

……が。

 

バサッ!

バサバサバサ!!

 

聞き覚えのある羽音に、友雅は素早く抱き締めた泰明の身体ごと身を躱した。

振り向いた目の前を過ぎるのは、案の定白い梟だ。

しかし、同じ手に二度も引っ掛かる友雅ではない。

僅かな勝利感に、唇を弛め掛けたそのとき。

背後で泰明に良く似た低くも涼やかで澄んだ声が、不穏な呪を唱える。

次いで空を切って飛んできた何かがべたりと友雅の背中に貼り付いた。

「う…ッ?!」

状況を理解する前に、身体の自由を奪われる。

「友雅?」

間近で心配そうに名を呼ぶ泰明の声に応えることも、彼の華奢な身体に触れることも出来ない。

束縛状態である。

「相変わらずお前は油断のならぬ男だな」

淡々とした言葉と共に、傍らの茂みの間から、泰明と良く似た美しい青年が現れた。

左耳の後ろで結った翡翠色の真っ直ぐな髪が華奢な肩先でさらりと揺れる。

掲げられた右手の細い指先に挟まれているのは、数枚の呪符だ。

そこで、友雅は自分に投げ付けられた物の正体を悟った。

(………新手か)

もし、今束縛状態でなければ、敗北感にがっくりと肩を落としていたことだろう。

「泰継」

泰明が心なしか嬉しそうな声で名を呼ぶのに、泰継は僅かに微笑み返す。

しかし、すぐに表情を引き締めて、硬直している友雅の腕の中から、泰明を奪い返した。

「大丈夫か、泰明」

「…?ああ、私は息災だが」

「…大丈夫なようだな」

泰明の変わりない反応に、泰継はほっと安堵の息を吐く。

それから、長い睫毛に飾られた双玉の瞳を幾度か瞬かせる。

「泰明、これは…」

泰明の髪に挿されたいちしの花に軽く触れ、泰継はふわりと微笑んだ。

「よく似合っている。…可愛い」

「そうか?泰継のほうが似合うと思うが…」

言いながら、泰明は抱えた花の中から一輪を抜き取り、適当に茎の長さを整えて、泰継の髪に同じように挿してやる。

「やはり、よく似合う。私などよりよほど可愛い」

満足そうに頷きながら、花のように泰明が微笑むので、泰継は照れたように白い頬を染めて僅かに俯いた。

「…そのようなことはない」

友雅に対しては手厳しいが、泰明の褒め言葉に恥らう泰継の姿は確かに愛らしい。

「おやおや、このように可憐な天女がふたりも咲き揃っては、「天上の花」も霞んでしまうね」

「…?!」

一瞬、自分の口から出た言葉かと思った。

しかし、違う。

泰継の呪でもって、只今の友雅は身動きできず、口さえも封じられているのだから。

泰継の後を追うようにゆっくりと茂みの間から現れた背の高い青年の姿に、当の友雅はもちろん、泰明も目を丸くする。

現れたのは、友雅に良く似た男だった。

 


随分前に(汗)リクエスト頂きました「天使襲来」続編です。
ちなみに、姫兄弟を飾る花を彼岸花にしたのは、先日イベント帰りに会場付近に植えられていたのを見たからです(短絡的)。
そして、さり気なく舞一夜ゲーム設定の一部を早速使ってみたり(笑)。
しかし、ネタばれにならない程度のものだと思います。

今回は弟姫つぐりんと共に、あのひとも登場。
…さてさて、どうなることやら(笑)。


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