山茶花
秋が深まり、吹く風も徐々に冷たくなってきた。
しかし、今日は陽射しが温かく、簀子に出ていても、それほど寒さを感じない。
何よりも、頭を預けている愛しいひとの膝が温かく、心地よい。
その心地よさに導かれ、いつの間にか穏やかな眠りを得ていたらしい。
目覚めると、庭先に咲く白い山茶花の芳香が漂ってきた。
さわりと風に木々が蠢き、目の前に翡翠色の髪が零れ落ちてくる。
それは山茶花に似た無垢な香り。
思わず、その滑らかな髪に指を絡めると、膝枕をしてくれているひとが僅かに身じろいだ。
「友雅、起きたのか」
ずっと庭を見ていたらしき視線を戻して、泰明が淡々と話し掛ける。
こうして、下から見上げていても、一分の隙もないほど整った泰明の美貌に、改めて感嘆しながら友雅は微笑んで応える。
「ああ、すまないね。君の膝があまりにも心地よかったものだから、つい寝入ってしまったようだ」
「起きたのなら、頭を退けろ。重い」
「おやおや、つれないね、泰明。私たちは恋人同士の筈だろう?」
泰明の素っ気無い言葉に苦笑しながら言い返すと、泰明が細い眉を僅かに顰めた。
「お前が不満を抱こうが、これが私だ。お前の理想どおりの恋人になどなれぬ」
山茶花の花弁のように白い頬を僅かに朱に染めて言い放つ。
どうやら、姫君の機嫌を少々損ねてしまったようだ。
だが、こうして怒っている姿も可愛く見えてしまうのだから、我ながら重症である。
不機嫌な泰明が無造作に友雅の頭を下ろそうとするのを、友雅はまた、苦笑して止める。
「ああ、ごめん、そのようなつもりで言ったのではないんだ。君は私にとって理想的な恋人だよ」
「…そうなのか?」
「ああ。この上なくね」
頷いて腕を伸ばし、友雅の頭を半分抱えた姿勢のまま、覗き込んでくる泰明の頬を掌で包む。
横たわった友雅の身体の上には、袿が被せられている。
幾ら陽が温かいとはいえ、外で寝入ってしまった友雅を気遣って泰明が被せた物だろう。
「君は優しくて無垢で…本当に理想的な恋人だよ。私なんかには勿体無いくらいにね」
どこか悪戯っぽい口調でそう言うと、泰明が首を振った。
「そんなことはない。私は友雅の言うような者ではない」
先程の機嫌の悪さは何処かに行ってしまったらしい、泰明は弁解するように言い募る。
「それに…優しいのは友雅の方だ。寧ろ友雅に相応しくないのは、私ではないかと思う」
言いながら長い睫を伏せる泰明を救い上げるように、友雅が下から笑い掛ける。
「それはつまり、泰明にとって私は理想の恋人だということかい?」
「あ…そういうことになるだろうか」
「嬉しいね」
「友雅…くすぐったい」
泰明の絹のように滑らかな頬を辿るように指先を滑らせながら、友雅は優しく言葉を紡ぐ。
「お互い理想的な恋人に巡り会えるなんて幸運だったね。最初からこんな大きな幸運が付いているんだ。
私たちはこれからもっと幸せになれる筈だよ」
「何の根拠もないことを良く言う…」
軽い憎まれ口を利きながらも、泰明の表情は和らいでいた。
無垢で清らかな笑顔。
引き寄せられるように友雅は、柔らかな唇に口付けた。
視界の端で白い山茶花が震えるように、花弁を一枚落とす。
この唇のように色付いた山茶花が咲くのは、まだ先のことだろうか。
そのときもまた、ふたり揃って花を見たいものだと思った。
山茶花の花言葉:無垢・理想の恋
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