緋色
「よ〜し!しっかり捕まってろよ、泰明!!」
ぐ、と腕に力を込める。
「イノリ、無理をするな」
静かな声が諭すように言う。
しかし、そう言われれば、却って向きになってしまうのが、イノリである。
「大丈夫だって!俺を信じろ!!」
「信じたいのは、やまやまなのだがな…」
教会から降りる坂道。
夕陽に照らされて鮮やかな緋色に染まる白い石畳の上で、
イノリは泰明の呟きを敢えて無視し、細い身体を抱き上げるべく、再び腕に力を込める。
彼にしては珍しく仕立ての良い濃紺のスーツと白いネクタイを身に付けた姿。
綺麗な瞳に僅かな心配の色を滲ませながら、彼の首にしがみ付いている泰明もまた、
その細身が際立つ白いデザインスーツを纏っている。
そして、その片方の手には白百合のブーケ。
今日はイノリの姉、セリの結婚式であった。
前途多難であった恋をようやく実らせて、この日を迎えた彼女の顔は幸せに輝き、
今まで見た中で一番綺麗だった。
姉の必死な様子や泰明の説得もあって、渋々この結婚を承知したイノリだったが、
こんな幸せそうな顔を見せられては、不機嫌な顔を続けることは出来なかった。
思わず緩んだ顔を隣の泰明に見られ、咳払いをして誤魔化す。
そうして、ふと考えた。
自分は泰明に今の姉のような幸せな顔をさせることが出来ているだろうか。
泰明の笑顔はいつだって綺麗だが、それが自分のお蔭かと改めて考えてみると、
いささか自信がない。
もちろん、努力を怠っている訳ではない。
そうではないが…
横目でちらりと傍らの泰明を見上げる。
彼と目線が同じになるには、今ひとつ背丈が足りない自分。
或いは、この身長差が埋まれば、自信を持てるようになるのかもしれない。
今は無理でも、いつかは今以上に彼を幸せにしたい。
もっともっと幸せで綺麗な泰明の顔が見たいのだ。
湧き上がる賑やかな歓声に我に返ると、皆の視線が自分の傍らに集中している。
漂う濃い花の香り。
皆に倣って改めて傍らを見やると、きょとんとした泰明の顔があった。
少し変わったデザインのボウタイの胸元を飾るように、その白い手に掲げられていたのは、
セリが投げた白百合のブーケだった。
それからは、特に神子を中心とした仲間にからかわれっ放しだった。
色々な意味でよく分かっていない泰明ではからかいがいがないと思ったのか、
矛先がブーケを受け取った本人ではなく、
その相手(?)であるイノリへと向けられたのだ。
「次のお嫁さんは泰明さんだね」
「おい」
「泰明さんの花嫁姿、綺麗だろうなあ」
「それは是非見てみたいねえ」
「ありえねえだろ、常識から考えて!!」
イノリの突っ込みの言葉のみを綺麗に無視して、
一通り言い合った後、彼らは声を揃えて訊いてきた。
「で、挙式の予定はいつ?」
「出来るかーっっ!!」
向きになって怒鳴っても、仲間たちは手を叩いて喜ぶばかり。
全く、意地の悪い仲間たちである。
イノリの脇で泰明が不思議そうに呟く。
「「嫁」というのは、男でもなれるものなのか…?」
怒るイノリ、きょとんとしている泰明を余所に、仲間たちはますます調子に乗り、
予行練習に今日の花嫁のように泰明を抱え上げて見せてくれとまで、言い出したのだった。
そのときは頑としてはねつけたイノリだったが、教会からの帰り道でふと、
そのことを思い出した。
あのときは、からかわれるのが嫌でつっぱねていたが、今は泰明と二人きりだ。
何となくやってみようかという気になった。
泰明に言ってみると、
「無理だ」
との、素っ気無い応えが返ってくる。
「何だよ、やってみなきゃ分かんないだろ!」
「しかし、イノリと私の身長差では…」
泰明の言うことは尤もだ。
身長差だけではなく、身体つきから言っても、イノリはまだ未成熟だ。
また、泰明は成人男性にはありえないほど、華奢ではあるが、身長はそれなりにある。
イノリのような少年が抱え上げるのは苦労をする筈だ。
「大丈夫だって!」
泰明の身体に腕を伸ばしながら、
「あいつにできて、俺に出来ないわけないもんな!」
と、半ば向きになって言う。
「そういう問題ではないと思うが」
冷静な指摘をしながらも、泰明はイノリに促されるまま、素直にその首に腕を回した。
そこで、最初の二人の会話に戻るのである。
「よ〜し!しっかり捕まってろよ、泰明!!」
「イノリ、無理をするな」
「大丈夫だって!俺を信じろ!!」
「信じたいのは、やまやまなのだがな…」
「せぇ〜の!!」
掛け声を掛けて、泰明の身体を持ち上げる。
泰明の脚が地面から僅かに浮いた。
「ほら、出来ただろ!!」
腕の中、泰明が少し驚いたように、ぱちぱちと目を瞬かせる。
その可愛らしい表情に満足して、イノリは泰明を抱えたまま、歩もうとした。
が……
「イノリ、危ない」
「だ…大丈夫だ…って…っ」
意地を張る声音には、無理をしていることがありありと窺える。
ふらつきながら、一歩、また一歩と坂道を踏み出すその格好が、何とも見栄えが悪い。
「もう充分だ、降ろしてくれ」
イノリの限界を悟った泰明がそう言うと同時に、イノリが見えない足元の石に躓いた。
「…おわっっ!!とととと…」
泰明を抱えたまま、坂道を転がりそうになる。
「イノ…わっ!」
思わず、といったように首に強くしがみついてきた泰明に、
イノリは必死に踏み止まろうとしたが、疲弊した腕と重力がそれを許さなかった。
目前に迫る地面。
「…とっ…うわっ!!…っうげ!」
せめて泰明には怪我をさせるまいと、彼の下敷きとなったイノリが、
潰れたカエルのような悲鳴を上げる。
投げ出されたブーケが、柔らかく石畳に受け止められた。
「イノリ!」
「あたたた……」
慌てて、イノリの上から降りた泰明が、心配そうに覗き込んでくる。
「……だ〜いじょうぶだって!」
地面に転がったまま、イノリは腕だけを上げて、僅かに瞳を潤ませている泰明の白い頬を、
軽く叩いてから、優しく撫でる。
暫く互いに見詰め合い、どちらからともなく笑い出す。
「泰明の言ったとおり、やっぱり無理だったな」
「そんなことはない、できたではないか」
「あんなのじゃ、できたとは言わねぇよ」
起き上がったイノリと、地面に座り込んだままの泰明の目線が合う。
「もっと軽々と抱えて、歩けないとな」
「確かに」
それには素直に同意した泰明が、再びくすくすと笑い出す。
「イノリのあの格好…!思い出すと可笑しくて仕方がない」
「あっ、こら、笑うな泰明!こっちは必死だったんだぞ!!」
「すまない。しかし…」
笑いが止まらない様子の泰明に、イノリは一瞬頬を膨らませる。
しかし…
緋色の夕日に照らされた泰明の笑顔が、綺麗で可愛らしくて。
…幸せそうで。
一緒になって笑った。
こんな自分でも、彼を幸せに出来ているだろうか。
…自信を持っていいのだろうか。
すると、ふと笑いを治めた泰明が、ちょっと首を傾げて身を乗り出した。
ふわりと羽のように頬を掠めた柔らかい唇。
「上手くはいかなかったが、楽しかった。…嬉しかった。
有難う、いつも私を大事にしてくれて。私は…幸せだ」
幸せだ。
「泰明…」
細い手できゅっとイノリの手を握りながら、そう言う泰明の白い頬が、
緋色に染まっている。
それはきっと、夕陽の所為ではない。
自分の頬も緋色に染まっていくのを感じながら、
イノリは泰明の笑顔に応えるように、彼の華奢な手を握り返した。
緋色に染まる、白い石畳。
白百合のブーケ。
そして。
零れる笑顔に染まる緋色。
いやはや、初々しいね、青春だね!!←? …という訳で(?)今回は、いのやすでした。 京版続きだったので、現代版です。 序に前回のえいやすが暗かったので、今回はほのぼのらぶで(笑)。 テーマは陽だまりでも使いました、「お姫様抱っこ」。 そして、また成長期ネタ…紅葉でも使ったよな〜…(苦笑) 同じテーマを違うキャラで…というのも、それぞれ違った仕上がりになって、面白いよね♪と、己を慰めてみたり。 イノリは成長期真っ盛りなので、まだ、軽々とやっすんを抱え上げることが出来ません。 やっすんを見下ろすこともまだ出来ません。 それをイノリはもどかしいと思っているんだけど、やっすんはそんなことは全然気にしてないのです。 はにかみつつも、素直に今が「幸せ」なことを伝えるやっすんが可愛いよね〜〜っ♪ …という、毎度ながらのやっすん賛美のお話です!(病気なので/笑) まあ、あと一、二年もすれば、きっとイノリはやっすんを抱き上げることも、 見下ろすことも出来るようになるでしょう! そこで、ついに結婚式♪←馬鹿な。 あっ、ちなみにセリの結婚相手はもちろんイクティですよ(笑)。 更に、今回さりげな〜く台詞のみゲストキャラが数人出演です。 誰かは御想像にお任せします…って一人確実に分かりそうなのがいるんですけどね(笑)。 毎度によって、毎度の如くこちらのお話、フリー…なんですが、 こんな稀少カップリング話が欲しい人…いるのだろうか…?まあ、いいや(苦笑)。 もし、いらっしゃいましたら、こちらに一言頂けると、大喜びです。 どうぞ、可愛がってやって下さい、やっすんを♪(結局それかい) そしてついに…!七葉制覇もあと一人!! さあ、どうなるのか?!(笑) 戻る