紅葉

 

「泰明殿」

鷹通が約束した鴨川の辺に辿り着くと、泰明は既に其処にいた。

岸辺にしゃがみこみ、飽くことなく川の水面を眺めている。

「お待たせしてしまいましたか?」

そう言いながら、彼の華奢な背中越しに覗き込んで、

やっと鷹通は泰明が何を眺めていたのかを知る。

 

紅葉だ。

 

泰明の視線が僅かに上に動く。

 

川の向こう岸には、鮮やかに紅く染まった紅葉が、

川面に覆い被さるような形で風に揺れている。

その僅かな風に煽られて、紅葉の葉の幾枚かが、

少々の時間差をつけて、はらはらと枝から落ちる。

くるくると舞いながら、水面へと辿り着いた葉は、清流に乗って、

途中の岩や岸辺近くに、吹き溜まるように散り敷かれている他の葉と合流する。

濃紅、薄紅、または黄色…と、

同じ紅葉でも微妙に色が違う数々の葉が川の流れにたゆたう様は、

まるで水の上で織り上げられた錦のようだ。

 

「これは美しい光景ですね」

その様子をずっと眺めていた泰明が、感嘆の声を漏らした鷹通をやっと見上げる。

「私にはこの景色が美しいかどうか分からぬ」

澄んではいるが、やや素っ気無く響く声に、しかし、鷹通は優しく微笑む。

「そうですか?」

鷹通は泰明の言葉を頭から否定することをしない。

その穏やかな声には泰明の言葉の先を促すような響きがある。

身の内に湧き上がる様々な感情を、

未だ上手く言葉にすることの出来ない泰明の心そのものを導くように。

いつものようにその声に促されて、泰明は心持ち華奢な首を傾げて、

暫し考えてから、再び口を開いた。

「美しいかどうかは分からぬが、川面に紅葉の葉が幾つも流れる様は見ていて飽きない。

…それ故、私はこの景色が好きなのではないかと思う」

こちらを見上げて、真摯に言葉を紡ぐ泰明に、鷹通の微笑みが深くなる。

「そうですか。それならば、泰明殿。

今日はこの鴨川の辺を散歩することに致しましょうか。

貴方の好きな景色をゆっくりと眺めましょう」

「良いのか」

「ええ。私もこの景色が好きですから」

 

綺麗な貴方のいるこの景色が。

 

と、後の台詞は心の内でのみ呟き、鷹通はごく自然に手を差し出し、

泰明に優しく立ち上がるよう促す。

「鷹通。私は子供ではない。一人で立てる」

「もちろん存じておりますよ。ただ、私が貴方の手を引きたいだけなのです」

穏やかな懇願に、泰明は暫し躊躇い、結局その手に掴まった。

 

意外に力のある鷹通の手に身体ごと引き寄せられるように立ち上がると、

すぐ目の前に彼の優しい瞳があった。

そうして、ふと気付く。

「鷹通、背が…」

今まで泰明とほぼ同じだった目線が、鷹通の方がやや高くなっているのだ。

こうして、間近で目を合わせようとすると、僅かに見上げなければならない。

「ああ…」

泰明の指摘に、鷹通もやっとその事実に気付いたような相槌を打つ。

「こう見えても、成長期ですからね」

微笑みながら見下ろしてくる彼から、泰明はふいに目を逸らす。

「お前も変わっていくのだな…」

視線を下げ、泰明は寂しげに呟く。

己だけが、取り残されたような気分になる。

「泰明殿」

そのとき、穏やかさを失わぬ声が響いた。

同時に、泰明の華奢な手を握る鷹通の手に僅かに力が篭り、泰明の顔を上げさせる。

「泰明殿も変わっておりますよ。以前よりもずっと感情豊かになられた」

「そうだろうか?」

「ええ。以前の貴方ならば、

私にそんな寂しげな表情は見せてくれませんでしたよ?」

それが、徐々に寂しいだけではない様々な表情を見せてくれるようになった。

 

自分にだけは。

 

それが何よりも嬉しいと、

細い手を自らの口元に引き寄せながら、鷹通は囁き掛ける。

その眼差しと言葉に心が徐々に温められていく。

鷹通を見上げる泰明の表情が、ゆっくりと綻ぶ。

「そうか。有難う、鷹通」

「こちらこそ、お礼を申し上げなければなりませんね」

やや、悪戯っぽく応える鷹通に、泰明はふるふると首を振る。

「私が変わっていけるのは、きっと鷹通がいるお蔭だ」

「それならば、私が変わっていけるのも泰明殿のお蔭ですね」

「そんなことは…」

否定しようとする花の唇を、鷹通の空いている方の指先が軽く抑える。

包み込むような笑みを向けられて、泰明は否定の言葉を呑む。

「これからも二人で一緒に変わっていきましょう」

どこか諭すような言葉に唇を封じられたまま、泰明はこっくりと頷く。

指先が離れた。

しかし、変わらず鷹通に優しく見詰められて、泰明は何故か落ち着かない心持ちになった。

「どうかなさいましたか?少し紅いですね」

風邪でも引いたのだろうかと、気遣うように頬に触れられる。

「大丈夫だ。風邪ではない。ただ、少し落ち着かない。

お前といると時々そうなるのだ」

泰明にとって鷹通の傍は一番落ち着く場所であった筈なのに。

しかし、不思議とその状態を不快に感じないのだ。

「私はどうしてしまったのだろう?」

僅かに頬を染めたまま、困ったように首を傾げる泰明の言葉に、

目を丸くして聞き入っていた鷹通だったが、やがて元の笑みを取り戻す。

その笑みはどことなく嬉しそうでもあった。

「それでは、その理由を一緒に考えてみましょうか」

「一緒に?」

優しく泰明の細い手を引いて歩き出しながら、鷹通は応える。

「ええ。一人で考えるよりも二人で考えた方がきっと実りある答えに辿り着ける筈です」

「そうか、それなら考えてみる」

鷹通と肩を並べながら、泰明は生真面目に頷く。

 

涼しい風に乗って、紅葉が舞う。

川は涼しい音を奏でながら、風が齎す鮮やかな葉で、錦を織り上げていく。

そろそろ紅みを増してきた陽の輝く糸も織り込んで、更に目に鮮やかだ。

 

そんな景色を共に歩みながら眺め、泰明がふと目線を上げると、

鷹通の瞳が微笑み返してくる。

 

「慌てずにゆっくりと考えていきましょう。

願わくは、貴方が私と同じ答えに辿り着いて下さるように」

 

優しい瞳と手の暖かさに、胸を高鳴らせつつ、

泰明も鷹通の言う通りになれば良いと願った。

 

そしてきっと、その願いは叶うだろう。


どうやら、忘れてなかったらしい七葉制覇(笑)。
今回は意外な(?)たかやすです。
遅ればせながらではありますが、これで、青龍組に続いて白虎組制覇ですよ!
大分不完全なのが玉に瑕ですが、取り敢えず自己満足。
テーマは紅葉、恋心を自覚し始める(笑)やっすんでした♪
紅葉を眺めながら、お手手繋いで夕暮れデート♪
いや〜ん、恥ずかてぃ〜♪(誰や、アンタ)
やっすん、可愛いっちゅうねん♪(自分で書いといて言う辺り末期。/苦笑)
小学校の唱歌かなんかで、「紅葉」(♪秋の夕日に照る山紅葉♪っていうやつ)
という曲があったと思うのですが、その歌詞が綺麗で、葉柳は子供心にも好きでした。
そこで今回、情景描写にその歌詞で一番好きな部分、「水の上にも織る錦」を思い出しつつ、使わせて頂きました♪
鷹通は思ったよりも書きにくくなかったです。
書きにくさは他の人と同じくらい……(皆書きにくい訳ね…/苦笑)
しかし何だ、この人は某相方と言動が重なる部分がありますね……(鷹通の方がちと控え目か?)
やっぱりフェミニスト同士だから、姫に対する態度が被ってしまうのかも?(私の中で)
単に書き分けができないだけの話かもしれませんけどね、あっはっは!!(笑い事じゃない)

そして、このお話もいつも通りフリーなのです(笑)。
世にも珍しい(?)たかやす、「貰うぞ」と仰る有難い方は掲示板までお知らせ下さると、転げ回って喜びます。

さて、次のお相手は誰でしょう?
お楽しみに!…と言いたいところですが、あまり期待せずに待っててやって下さいませ(汗)。

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