Blue 〜eden

 

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「友雅殿、天真殿が泰明殿を見つけ出し、合流することが出来たようです!」

「やったぁ!!」

 端末から届いた暗号式の通信を解読して、鷹通は残る仲間に伝える。

 イノリは歓声を上げ、頼久も明るい表情で、しかし、注意深く確認を取る。

「それで…泰明殿はご無事なのですか?何処にもお怪我は無く?」

「ええ。どうやら、泰明殿は捕らわれていた軍部最奥から、ご自分で出てきたらしく…途中で鉢合わせたらしいのです」

「あの方らしいですね」

 やや、苦笑混じりの鷹通の言に、頼久は微笑んで言った。

 その間も続く通信に耳を傾けていた鷹通は、ふと、表情を引き締める。

「どーした?」

 イノリが訊ねると、通信内容を頭で整理しながら、鷹通は、ややゆっくりと言葉を紡ぐ。

「三人はこれから詩紋殿と、詩紋殿のご両親を救出した後、外へ向かうと…」

「詩紋?そこで何で俺たちを裏切った詩紋が出てくるんだよ?」

「泰明殿の脱出に詩紋殿が力を貸してくださったのだそうです。詩紋殿は…ご両親を人質に取られて、無理やり軍に従わされていたのだとか…」

「何っ…?」

 次第に沈痛な面持ちになる鷹通の言葉に、打たれたようにイノリは口を噤む。

「卑劣な…」

 頼久は僅かに表情を険しくして呟いた。

「とにかく、捕らわれている詩紋殿のご両親を助け出し、詩紋殿も含めた皆で脱出することが泰明殿のお望みなのです」

「それが泰明殿のお望みなら、私に異存はありません」

「ああ、そーだな!じゃあ、俺たちは本格的に動き出したほうが良いんじゃねえか?泰明たちの援護の為にもさ」

「ええ。軍がレジスタンス殲滅に動き出すのも時間の問題でしょうから。

我々の拠点、人数などの実態が悟られぬ前に、動き出したほうが得策でしょう」

 イノリの言に頷いて、鷹通は通信の終了した端末を切り替え、声を掛ける。

「今の話をお聞きになりましたでしょうか?永泉様」

『はい』

 応えと共に、端末の小さな画面に、紫色の髪の少年が映し出された。

『私どもの準備は既に整っております。ご指示を頂ければいつでも動けます』

「では、今から三十分後に、そちらの手勢を動かしてください」

『分かりました。お任せください』

 短い通信を終えて、鷹通は立ち上がる。

 表情を引き締める頼久とイノリを真摯に見返して、レジスタンスリーダーの代理として指示を下した。

「永泉様率いる貴族勢と同時に、我々も打って出ます!」

 

 

 詩紋の後に続いて、泰明、友雅、天真は暗い通路を歩む。

 灯りといえば、足元を照らす非常灯のみというある種の異様さに、天真が呟く。

「なんか…妙な所だな……」

 それは、泰明、友雅も感じていた。

 しかし、詩紋からの応えは無い。

 前を行く詩紋の細い背中を見詰めながら、泰明は先ほどの詩紋の言葉の意味を考えていた。

 何を見ても驚かないで欲しいとは…一体どういうことなのか。

 詩紋の両親は、それほど酷い状態で閉じ込めにでもされているのだろうか。

 やがて、詩紋がひとつの扉の前で立ち止まった。

「中に人がいるかもしれないので、少し身を隠していてくれますか?」

 やっと泰明に振り向いてそう言うと、個人認証をさせて扉を開ける。

 自動で開いた扉の奥から、微かにコンピューターらしき機械の電子音と作動音が聞こえる。

 部屋の中もまた、外の通路と同じくらい薄暗い。

 そこには、白衣を纏った医師というよりは研究者といった風貌の男が一人いた。

 あのような雰囲気の人間を知っている。

 昔、己が生まれた研究所で、何人も見た。

 扉の蔭から、部屋の中を窺いながら、泰明は嫌な予感に、動悸が速まるのを感じた。

 知らず上着の胸元を掴んで、息を整える。

「流山殿。どうしましたか?今日は面談の予定は無かったはずですが。閣下の許可は頂いているのですか?」

 部屋に入ってきた詩紋に、研究者風の男は責めるような口調で訊ねる。

 そんな男に詩紋は無言で近付いていく。

「流山殿?」

「……ごめんなさい」

 一言告げるなり、男の首筋に手を伸ばす。

 指先が触れると同時に、男は衝撃に目を見開き、瞬く間にその場に倒れた。

 どさり、という重い音が響き、詩紋が振り返る。

「どうぞ、入って来て下さい」

 応じて、部屋の中に足を踏み出した天真が、怪訝そうに問う。

「お前、今、何をしたんだ?」

「治癒能力の応用です。この人の血液中の主に赤血球に働きかけて、活動を抑制して、一時的な酸欠状態にしたんです」

「すげーな…」

 感嘆しつつも、天真は居心地悪そうに、目の上に掛かる茶色の前髪を掻き上げる。

「しかし、こう簡単に片が付いちまうと、拍子抜けっつうか…」

「力を温存しておくに越したことは無いよ。何せ、我々はまだ、敵地の只中にいるのだからね。これから嫌でも力を振るう羽目になるさ」

 友雅の尤もな言に、天真は肩を竦めて苦笑する。

「詩紋、お前の両親は何処に…?」

 泰明が微かに張り詰めた声音で問う。

 耳に触れる機械の電子音と作動音。

 その僅かな音に否応無く不安感が煽り立てられる。

 しかし、真実から目を逸らすことは出来ない。

「…僕の両親は、ここにいます。今、目の前に…」

 泰明が詩紋のほうへ一歩踏み出すと同時に、詩紋が手元にある操作パネルに触れる。

 正面に青白い灯りが点る。

 光点は二つ。

 青い液体を満たした筒状の容器の底に設えられた照明が、部屋の中を淡く照らす。

 何よりも、その照明は容器の中の液体に浸されたものを、はっきりと照らし出していた。

 それは…

容器の上下から伸びる幾つもの細い管とコードに繋がれた…人間の脳だった。

「何だよ…これ……!」

 天真は驚愕に満ちた声を漏らし、友雅は秀麗な眉を顰める。

 泰明は息を呑んで、目の前の二つの容器を見詰めていた。

「これが…今の僕の両親の姿です……」

 はっきり告げる声音とは裏腹に、詩紋は顔を俯けていた。

 淡い照明が柔らかくうねる金の髪を照らす。

しかし、その髪に隠れて、表情はこちらから窺えなかった。

 泰明、友雅、天真も言葉を失くして立ち尽くす。

 その場に満ちた重い沈黙を破ったのは、他ならぬ詩紋だった。

「皆さんは…発症すると、徐々に身体中が腐っていく遺伝病があるのを、知っていますか?」

「聞いたことはあるが…君のご両親は、その病に侵されてしまったと言うのかい?」

 友雅の問いに、詩紋は俯いたまま、微かに頷く。

「最先端の医学でも、治療の難しい病気です。発症したら、まず助からない……僕の両親は、従兄妹同士で…同じくらいの時期に発症しました。

僕の能力でも病の進行を遅らせるのが限度で…それでも、僕はどうしても、両親を助けたかった…どんなことをしても助けたかったんです……」

 そこまで言って、詩紋はやっと顔を上げた。

そうして、泰明を見る。

 向けられる青い瞳は悲しげに曇っていたが、そこに涙は無かった。

 それでも、詩紋が泣いているように思え、泰明はこみ上げる痛ましさを堪えるように、紅い唇を噛んだ。

「そんなとき…僕の治癒能力を知った軍から接触があって…僕はすぐに将軍に引き合わせられました。

将軍は、現在軍が研究している方法、それを用いれば、両親を救うことができると、そう言ったんです」

「…その方法とは?」

 半ば答えを予想しながら、泰明は問う。

「それは…腐り始めた生身の肉体を捨てて、人工の…新しい機械の身体に乗り換える方法です。

両親の場合は…その時点で病の影響を受けていない臓器は脳だけだったので…それを新しい身体に埋め込むことになりました」

「…機械の身体だと!」

 そう呟く天真と泰明、友雅の脳裏に、天真の妹である蘭の最期の姿が過ぎった。

「そうして、摘出された両親の脳は、軍本部の研究施設であるここで、身体が完成するまで、保管管理されることになり…

代わりに僕は、軍に従って、この能力を使うことを約束させられたんです」

「詩紋、お前間違ってるぜ。蘭を…俺の妹を知ってるだろう。脳だけを機械の身体に入れたって、それはお前の親にはならない。

不完全な別の存在になるだけだ。もとある身体をバラバラにした時点で、お前の親は死んでしまっているんだぞ!」

「天真」

 声を荒げる天真に、泰明が宥めるように呼びかける。

 我に返って、口を噤む天真を、詩紋は悲哀に満ちてはいるが、静かな眼差しで見る。

 そう、静か過ぎる眼差しだ。

 友雅には、それは覚悟の色に見えた。

 それでは、一体何の覚悟なのか?

「天真さんの言うとおりです。でも、僕はそれでも両親を無くしたくなかった。傍にいて欲しかった。

元通りでなくてもいい、ひとかけらでも手元に残しておきたかった…天真さんもそう思いませんでしたか?」

「ああ…そうだな……」

 最期の瞬間に、天真を呼んだ蘭。

 その瞬間、確かに天真も、機械の身体でもいい、記憶を全て持っていなくともいい、

自分の名を呼んだ蘭を失いたくないと、痛切に願ったのだった。

 しかし…

 再び詩紋が口を開く。

「僕はずっと、両親の為に動いているつもりでした。でも、最近になってようやく気付いたんです。

本当は両親の為じゃなくて、自分の為に動いていたんだって。僕が両親を失いたくない、失って独りになりたくないだけなんだって。

そんな自分勝手な理由で、僕は両親の気持ちも聞かずにこんな姿にしてしまったんです」

「そのようなことはないだろう」

 泰明の言葉に、詩紋は首を振る。

「いいえ、そうなんです。だから…もう終わりにします。本当は僕一人で決着を付けるつもりだったけれど…却って良かったのかもしれない。

一人だったら、いざと言うときに気持ちが挫けてしまったかもしれないから。だから…

お願いです、泰明さん、友雅さん、天真さん。これから僕のやることを見届けてください」

「詩紋?」

 泰明が怪訝そうに問う間もなく、詩紋は操作パネルに向き直る。

 その指が次々とパネルの上を辿り…規則的に続いていた電子音が途切れた。

 代わりに、小さいが耳を刺す警告音が響き渡る。

「…!!」

 泰明らが思わず身構える目の前で、容器の底の照明がゆっくりと消えていった。

 再び訪れた暗がりの中、警告音が途絶える。

そのときには、機械の作動音も聞こえなくなり、部屋は静まり返った。

 


to be continued
微妙に中途半端なところで続く(汗)。 詩紋の件が思ったより長引いてしまい。 ここの辺りは想像力が豊かな方には、キツイ内容だったかもしれません、すみません(汗)。 書きながら、詩紋の両親の脳ってどのくらいの間、保管されてるんだろう? その状態でも生きてるとしたら、外界認識をしようとする筈だから、そのうち目や耳に似た器官が出来たりしないのかなぁ? …なんて考えてみましたが、そんな様子を想像したら、コワ過ぎたので、止めました(汗)。 いくら姫の美しさで相殺されるとはいえ(?)、ホラー方面に行くつもりではないのでね。 さて、そろそろこのシリーズも終盤が見えて参りました。 予想では、あと2、3話くらいで完結しそうです。 いや、あくまでも予想ね(苦笑)。 次はアクラム登場で、最後の一波乱でございますよ! back top