Blue 〜eden

 

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「詩紋!」

 事態を悟った泰明が詩紋へと駆け寄る。

 詩紋は両親の脳を生かすための維持装置を停止させたのだ。

「何故、このようなことを?!」

 泰明は操作パネルへと手を伸ばし、装置を復旧させようとする。

 その手を、詩紋の手が捉えた。

 強い力ではないにも関わらず、泰明はそれ以上手を動かすことが出来なくなってしまう。

「もう、駄目です。装置を止めて、一時でも酸素の供給を断ってしまえば…元には戻らないんです」

「何故?」

 もう一度先ほどの問いを繰り返す泰明を、詩紋は見詰める。

 やや、唇を震わせて、それでもきっぱりと応えた。

「これが本当の意味で、両親を助けることだと分かったからです」

「……」

「泰明さんや皆さんと会って…多分、僕は初めて、両親の立場になって考えることが出来たんです。

きっと、両親はこんな姿になってまで生きたいと思っていない。

何より…もし、両親が今の僕を…両親の為と言って、自分に嘘を吐いて、軍に従う僕の姿を見たら、きっと辛く思うから…」

 自分には、もっと自由に生きて欲しいと、そう思うに違いないから。

 徐々に声を詰まらせて、詩紋は俯く。

「ごめんなさい…お父さん…お母さん……こんな形で、ずっとお父さんたちの一部を引き止めて…きっと、苦しかったよね。

ずっと、放してあげられなくてごめんね…でも、もう僕は一人で大丈夫だから…」

 途切れ途切れの詩紋の言葉を聞きながら、泰明は今は照明も消え、黒い影となっている容器を見る。

 そこからはもう、何も感じられない。

 こうして、全ての装置が停止してから、初めて分かった。

 装置が作動している間、容器からは僅かながらも生の気配があったことを。

 容器の中に収められた詩紋の両親は、例え一部であろうとも確かに生きていたのだ。

 そう確信しながら、泰明は柔らかな唇を開く。

「詩紋の考えは間違っていないと思う。だが、別の考え方もあると思うのだ」

 泰明の言葉に、詩紋が振り返る。

「どういう…ことですか?」

「詩紋の両親は、悲しみながらも同時に、己がどんな姿になったとしても、

お前の傍にいられることを、喜ばしく思っていたのではないかと、私はそう考える」

 そう言って、泰明は詩紋を見詰め、澄んだ笑みを見せる。

「故に、どんなことをしても、両親を生かそうとしたお前の行動も間違いではなかったと、私は思うのだ」

 呆然と目を見開いたまま、泰明の言葉を聞いていた詩紋は、やがて、ようやく、青い瞳から涙を溢れさせた。

 再び俯いて、床へと涙を落としながら、呟くように両親を呼ぶ。

 そんな詩紋を、泰明は黙って見守っていた。

 いや、少し困っているのかもしれない。

 詩紋の嗚咽が治まる頃を見計らって、友雅が進み出る。

 泰明の肩に手を置くと、小さな顔が振り返る。

 予想通りの戸惑い顔に、頷き掛けるように微笑み、細い肩を引き寄せる。

 そうしながら、詩紋へと声を掛ける。

「詩紋。君が落ち着くまでもう少し待ってあげたいが、敵地と言う場所柄、そうもいかない。どうだい、私たちと共に行くかね?」

「行こう、詩紋」

 友雅の確認の問いに続いて、泰明がもう一度誘い掛けると、詩紋は顔を上げる。

 泣き腫らした目で、それでもはっきりと頷いた。

「はい、大丈夫です。僕も行きます」

「では行こうか」

 泰明は瞳を輝かし、友雅は微笑む。

 その後ろで天真が不満げに一人ごちた。

「で、そこで何で泰明の肩を抱く必要があるんだっての」

 部屋に残る研究者がまだ気を失っていることを確認してから、部屋を出ようと皆が足を踏み出した、そのとき。

 

「歓迎が遅くなったようだ」

 

 突如響いた冷たい声音に、皆は揃って戸口を振り返る。

 そこには、輝く金の髪と、声音と同じく冷たい美貌を持った青年が、ゆったりと佇んでいた。

 

 

「中将!街へ出た部隊が背後から襲われました!!恐らく、レジスタンスの一部と思われ…」

「別ルートから出動した部隊も同様です!既に武器を取り上げられ、捕虜になった模様!!」

「くそっ…神出鬼没で、実態がまるで掴めない!!一体奴らの拠点は何処なんだ?一体何人いるというんだ?!」

「この有様はまるで、国中の民が全て我々の敵に回っているかのような…」

 部下の報告に眉根を寄せながらも、中将は部下に命じる。

「閣下が戻ってこられるまで、何とかして持ちこたえるのだ!」

 それしか言うことは出来なかった。

 しかし、続いて齎された報告に、中将は顔色を変える。

「中将!貴族を中心とした大勢が皇宮に押し寄せ、皇宮が…奪い返されました!!」

「何と!!貴族階級までレジスタンスは取り込んでいたと言うのか…!!」

 御門とその弟がレジスタンスに手を貸しているだろうことは、予想していたが…

 この状況は流石に己の手に余る。

「閣下をお連れしてくる。それまで何としてでも持ちこたえろ!」

 そう部下に言い残して、中将は司令室を後にする。

 何か言いたげな部下の視線を背中に感じるが、振り向かない。

 とにかく、将軍を探して、現況を報告し、的確な対処策を指示して頂かなければ。

 

 果たして、今の将軍から、的確な指示など頂けるのか?

 

 そんな疑問が頭を過ぎる。

 しかし、そんな己の声を敢えて無視し、中将は足を運んだ。

 そうするしかなかったのだ。

 

 

「将軍…」

 現れた人物に、詩紋が呟いて息を呑む。

 天真、友雅、泰明はすぐさま身構えた。

 この場にいる皆をゆっくりと見渡すようにしながら、アクラムは言葉を継ぐ。

「しかし、研究室とは、なかなか気の利いた場所に集っているものだ。歓迎の場には相応しい。お前がここまで案内したのか?親衛隊長?」

「てめぇ…」

 知らず顔を強張らせる詩紋の代わりに、天真が棘のある声音を発する。

 しかし、ゆっくりと巡らされたアクラムの青い眼差しは、泰明の上で止まった。

「…!」

 泰明は思わず細い肩を震わせる。

 そんな泰明をアクラムの視線から庇うように、友雅が立ちはだかり、暖かい手で泰明の華奢な肩を抱き寄せた。

 アクラムが嗤う。

「そう言えば、お前と顔を合わせるのは初めてであったな、橘友雅。

レジスタンスを率いる身で、よくもこのような敵の巣の只中まで来たものだ。餌をちらつかせた甲斐があった」

「餌などとは人聞きの悪い。泰明は餌ではないよ。私にとっては、何にも変えがたい宝…私が生きる意味そのものなのだからね」

「お前を釣るという意味では、さして変わりはないと思うがな。会うのを愉しみにしていた。

何よりもその身をバラバラに引き裂いてやるのをな」

「それは光栄。私も貴方にお目に掛かるのを愉しみにしていたよ。

貴方にはいつか返礼をしなければと思っていたから。様々なことに対する、ね」

 見合う友雅とアクラムの視線が、鋭く交差する。

「友雅…」

「大丈夫だよ」

 不安げに呼びかける泰明に、友雅が宥めるように微笑んでみせる。

 そんなふたりを見るアクラムの瞳が、不穏な光を宿した。

「生憎とそれは元より私の物だぞ」

 友雅がアクラムへと視線を戻す。

「貴方がそう言う根拠はこれかな?」

 言いながら、指先で泰明の細い首筋を辿る。

「?」

 友雅の行動の意図が分からず、当の泰明は怪訝そうに首を傾げかけたが、襟元に近い辺りで、友雅の指が止まった瞬間、息を呑んだ。

 そこには、小さな花のような紅い痣が残っている。

 それを捉えた友雅の碧い瞳に、刃物のような鋭い光が走った。

「このように無理矢理付けたものが、所有の証になると?勝手なことを言わないで欲しいね」

 向けられる冷えた眼差しと声音に全く怯むことなく、アクラムは嘲笑った。

「無理矢理?何故、無理矢理だと断言できる?」

「君のような人を物扱いする人間に、泰明が身を任せる筈がないからさ」

「おい、友雅!どういうことだよ?!まさかこの野郎、泰明に…」

 割って入る天真に、友雅は振り向かぬまま応える。

「ああ、心配しなくとも、未遂だよ。何よりも、泰明の心は奪われずに、ここにある。

だからといって、必要以上に泰明に触れたことを許せるものではないけれどね…」

 アクラムの口元に浮かんだ嘲笑が消え、眼差しが更に険しくなる。

「知った風な口を利く。お前がアズラエルの一体何を知っていると言うのだ。私の言ったことは事実だぞ。

この人形はこの世に作り出されたその時から、私の物なのだ。故に、私がアズラエルをどう扱おうと、お前に許しを請う必要はない」

「人形…?作り出された…?」

 アクラムの言葉に天真が反応を示す。

(作られた…?泰明がか…?)

 問うように仲間に視線をやるが、状況が状況だけに、答えは返らない。

 ただ、一瞬目が合った泰明が悲しげに瞳を揺らして長い睫を伏せたので、アクラムの言葉が嘘ではないということは分かった。

 全く驚かないと言えば、嘘になる。

 しかし、嫌悪感は感じなかった。

 むしろ、泰明の美しさ、無垢さは作られたもの故だったのかと、不思議と納得する。

(ただ、そのことを知らなかったのが、この場では俺一人ってのは気に入らないけどな)

 その点は、後で問い詰めることにして、天真は目下の敵へ向かって口を開いた。

「ふざけたことぬかしてんじゃねえよ、おっさん」

 アクラムの冷たい眼差しがゆっくりと巡ってくる。

 そんな相手に向かって、油断なく銃を構えながら、天真は言い放った。

「泰明が作られたものかどうかなんて関係ねぇ。泰明は泰明だ。こいつはいつも自分で考えて、自分の意思で行動してる。

作り物じゃない、こいつだけの心がある。そんな奴が他の誰かの物になる筈がない」

「天真…」

 思わず呼び掛ける泰明に、天真はニヤリと笑って頷いて見せた。

 友雅が先を越されたと、微苦笑しながら肩を竦める。

「天真の言う通りだね。将軍、君は先程私に泰明の何を知っていると訊いたが、何も知らないのは君の方じゃないのかい?」

「喧しい虫けらどもだ」

 突如として、青い瞳に、怒りを燃え立たせたアクラムが、拳銃を取り出す。

 銃口を向けられたのは、友雅だ。

「やめろ!!」

 天真が叫んで、構えていた銃の引き金に指を掛け…

 泰明がはっとしたように振り向く。

「駄目だ、天真!」

 直後、重い銃声が鳴り響いた。

 


to be continued
あ、あれ?予定より進んでない… これじゃ、あと2、3話で終わらないかも…すみません(汗)。 前回から続く詩紋の件が意外に長引いたのが敗因(?)かと… 後半の友雅氏VSアクラムも、纏めて端折っちゃったほうが、 くどくなくて良いかも?と悩んだのですが(結構頻繁な悩み/苦笑)、 浮かんだ妄想は全部吐き出したほうが精神衛生的に良かろうと思い直しました(この結果に落ち着くのもいつものこと/笑)。 友雅氏、敵の目前で、姫とのいちゃいちゃぶりを見せ付けてます(笑)。 姫に手を出し掛けた(笑)アクラムへのさり気ない報復行動と取れなくもない? しかし、やり過ぎると、仲間も煽ってしまうことになるので要注意!!(笑) ちなみに、天真のアクラムに対する某台詞は、ゲーム初日よりそのまんま引用。 しかし、アクラムを「おっさん」扱いとは…なかなかに厳しいな、天真よ(汗)。 それはともかく、次回からは更に緊迫に緊迫が続く展開となる…筈! …いや、そう見えるよう頑張ります!!(気合) back top