天使とデート
「うん、いいんじゃないか」
ヤスアキの姿をちょっと離れて眺め、天真は満足そうに頷く。
大きな姿見の前に、天真が見立てた新しい洋服を着たヤスアキが立っている。
ヤスアキはちょっと首を傾げ、己の姿を確かめるようにくるりと回った。
可愛い。
「ヤスアキはどうだ?」
天真の問いに、にこりと微笑む。
「天真がいいと言うなら、良い。これにする」
その笑顔がまた、あまりにも愛らしくて、思わず天真の頬が緩む。
無邪気に微笑む目の前の天使を抱き締めたくなってしまうが、寸でのところで堪える。
これから、ふたりで出掛ける予定なのだ。
「こっちの服も良く似合ってたけどな…ま、こっちは次の機会にしようぜ」
今回は着なかった服を手にして、天真が言うと、ヤスアキは素直に頷いた。
「さて、出掛けるか。っと、その前に…」
天真はヤスアキの前に立ち、滑らかな翠の絹糸のような髪を撫でる。
「その羽をしまってくれるか?幾らなんでも、そのままでお前を連れ歩くわけにはいかないからな」
これまた、素直にヤスアキは頷き、細い背に広げた大きな純白の羽をふわりと畳む。
羽が畳まれると、霞むようにして、背から消えた。
そう、ヤスアキは正真正銘の天使である。
雪の降る冬の日に、天真の目の前に堕ちて来たのだ。
傷付いた羽の天使。
傷が癒えるまで、ヤスアキは天真の傍にいた。
そうして、傷が癒えて、天へと還っていった。
しかし、ヤスアキは、再び天真の元に舞い降りてきた。
どうして、ヤスアキが天真のところに戻ってきたのかは分からない。
もしかしたら、天真の秘めた願いを読み取って、叶えてくれたのかもしれなかった。
そうであったら、嬉しい。
しかし、それだけではなく、天真の傍らにいることがヤスアキ自身の願いでもあったら良い。
無邪気に笑うヤスアキを見ながら、天真はそう思う。
「さあて、何処へ行くかな…」
ヤスアキと並んで歩きながら、天真は考えを巡らせる。
天真の言葉にヤスアキは小鳥のようにちょこんと首を傾げた。
実は出掛けるといっても、具体的に何処へ出掛けるとは決めていなかったのだ。
忙しかった天真の仕事がやっと落ち着いて、久々の休暇が取れた。
それを利用して、部屋に篭りっぱなしのヤスアキを外へ連れ出すこと自体が目的であったから。
何せ、この地上では天使は珍しい。
その存在が公になれば、少なからず騒ぎとなる。
それに乗じて、どんな不逞の輩が手を出してこないとも限らない。
何より、ヤスアキは天使であること、そして、天真の欲目を差し引いても、とても綺麗だ。
更に、天使の性質からか、人を疑うことを知らない。
そんなヤスアキをひとりで外出させては、間違いなく攫われる。
それで、天真は致し方なく、仕事が忙しい間はヤスアキをずっと部屋に留め置いた。
その間ずっと、ヤスアキはおとなしく本を読んだり、絵を描いたりしながら過ごしていたようだ。
それなりに愉しそうに過ごしていた様子なのは、天真にとって救いだった。
が、多少なりとも窮屈な思いをさせていたには違いない。
(窮屈…か)
ふと、天真は考え込む。
本当ならば、ヤスアキはその背にある羽で自由に天まで羽ばたいていける。
自分は、そんなヤスアキの自由を奪い、地上に縛り付けているだけなのではないか。
湧き上がる思考に、思わず溜息を吐いた、そのとき。
天真の鼻先に、小さな花束が差し出された。
驚いて見遣ると、ヤスアキが天真を見上げている。
久々に外の空気に触れるのが嬉しいのだろう、滑らかな頬が上気し、澄んだ色違いの瞳はきらきらと輝いている。
そんなヤスアキの様子は、常にも増して可愛い。
つい笑みを誘われながら、天真は差し出された花を受け取る。
紅、白、ピンク、黄色など、色様々の小さな花が、白いレースで包まれた花束。
その可憐な様は、目の前の天使に相通ずるものがある。
「サンキュ。でも、あれ?この花一体何処で?」
「貰った」
答えて、背後を振り返るヤスアキの目線の先に、小さな花屋があった。
店主らしき男がにっこりと笑う。
ヤスアキは貰ったと言うが…
「幾らですか?」
天真がそう問うと、店主は笑顔のまま、手を振った。
「いいって、いいって。そのお嬢さんの可愛らしさに免じて、サービスだ」
「お嬢さんって…」
天真は思わず、隣のヤスアキを見る。
自分が「お嬢さん」だとは気付かないヤスアキは、きょとんと天真を見返す。
「可愛らしい恋人で羨ましいね」
からかうような店主の言葉に微苦笑する。
花束は店主の言葉に甘えて、貰っていくことにした。
花束を持った手を、礼代わりに掲げ、微笑んで頷く店主に見送られながら、店を後にする。
「天真、あれは何だ?」
暫く通りを歩いていくと、角の店を指して、ヤスアキが問う。
「うん?ああ、あれはアイスクリーム屋だよ」
「あいすくりぃむ?」
「ああ、ヤスアキは知らないか…そうだな、冷たくて甘い食べ物だよ。食べてみるか?」
「食べてみる!」
ヤスアキは好奇心に目を輝かせて頷く。
可愛い。
ヤスアキといると、天真の頬は緩みっぱなしだ。
が、そのまま、パステルカラーで統一された店へと駆けていこうとするヤスアキの姿を見て、我に返った。
「ああ、こらヤスアキ!ひとりで行くな!」
華奢な手首を掴まえ、引き寄せて手を繋ぐ。
ヤスアキは少し驚いたように振り返り、しかし、すぐに笑って、天真の手を握り返した。
「美味しいか、ヤスアキ?」
訊ねると、アイスを食べながら、ヤスアキが嬉しそうに頷く。
その様子を天真は微笑ましい気持ちで見守る。
と、ヤスアキが何かに気付いた様子で、首を巡らせた。
「どうした?」
問いかけた天真だったが、ヤスアキの答えを聞く前に、こちらに向けられる複数の視線に気付いた。
皆、若い男のものだ。
ヤスアキの目が向けられると、思わずといったように笑み崩れる。
天真はむっとした。
「あの人たちは、天真の知り合いなのか?」
「いや、知らねえよ。行こうぜ」
無邪気に訊いてくるヤスアキにぶっきらぼうに答えて、握っていた手を引く。
何処の誰だか知らないが、隣にいる自分を差し置いて、よくもヤスアキに色目を使うものだ。
知らず、ヤスアキの細い手を握る自分の手に僅かに力が篭った。
早くもヤスアキを外に連れ出したことを後悔し始める。
まだ昼にもなっていないが、家に帰りたくなる。
ヤスアキを誰の目にも届かない場所に隠してしまいたかった。
そこまで思ったとき、不意に、先ほど脳裏を過ぎった考えが蘇り、天真ははっとする。
繋いだ手を見下ろす。
自分はただ、身勝手な願いの為に、ヤスアキの自由を奪い、縛り付けているのではないか…
天真は隣を歩むヤスアキの様子を窺う。
ヤスアキは天真の屈託など気付きもせずに、愉しげに歩いている。
「愉しいか、ヤスアキ?」
思わず問うと、ヤスアキは無邪気に頷いた。
華奢な指で繋いでいる天真の手をきゅっと握る。
「愉しい。ずっと忙しかった天真と、今日は一日中一緒にいられる。だから…嬉しい」
何処か甘えるような響きのある、しかし、真っ直ぐな言葉が、天真の胸の中にすとんと落ちてきた。
それがきらきらと輝いて、蟠っていた暗い想いを浄化してくれた…そんな気がした。
目の前でヤスアキが笑っている。
幸せそうに。
ヤスアキから手渡された小さな花束のように可憐な笑顔。
彼だけの天使。
釣られるように微笑んで、天真は花のような唇に口付けた。
公衆の面前だということを忘れているぞ、天真!!(笑) まあ、そういうことを忘れちゃうほど、天使やっすんが可憐だということで♪ 企画第三弾は、御覧のようなてんやすです。 リクエスト下さいました紅子様、有難う御座います♪ 今回は、昨年のやっすん生誕企画におけるてんやす小話繋がりで、お送りいたしました。 その後のふたりの日常のひとコマ的な。 とはいえ、前回のお話を御覧になっていなくても、全く問題ありません。 やっすんが天使という設定なんだとご理解いただければ。 これはもう、ひたすら無垢なやっすんを目指しました♪ 人間界に来て、間もないということで、その分オフィシャルやっすんより幼げな面が前面に出ているかと。 戻る