天使再来(後編)

 

「ところで、物は相談なのだが」

ふと思い付いた友雅は扇をぱちりと閉じる。

「何だね?」

「もう少し泰継殿をしっかりと捕まえていてはくれまいか?」

「言われなくとも、私は常にそう努力しているつもりだがね?」

「いや、そこをもう少し強く…

せめて、泰明との逢瀬が上手くいくまでは、邪魔せず、私たちをそうっとして貰えると有り難いのだが……」

そう持ち掛けると、翡翠は一瞬目を丸くし、次いで可笑しそうに笑い出した。

「…そうか。実際にお会いしてみて、泰明殿は泰継に比べていささか幼い印象がおありになると思っていたら……

付き合っているとは言っても、君と泰明殿の間には、明確な恋人らしい事実はまだ、ないのだね」

「そう、はっきり言われると流石に気が滅入るよ…」

苦笑を返して、友雅は表情を改め、僅かに身を乗り出した。

「…で、どうだい?」

「そうだねえ……」

翡翠が思わせ振りに間を置いていると、こちらに渡ってくるふたつの足音が聞こえてきた。

泰明と泰継が戻ってきたのだ。

この話はここまでかと、友雅は考える。

この男が泰継のじゃじゃ馬を抑えてくれれば有り難いことは確かだが、是非にも協力が必要と言う訳ではない。

そう思って、身を引いたとき、翡翠がすいと立ち上がった。

「本当に欲しいものは人の手を借りずに、自分の力で手に入れるものだよ」

「やはりね」

苦笑する友雅に、翡翠は悪戯っぽい笑みを返した。

「だが、君には多少迷惑を掛けてしまったからね、今回ばかりはささやかながら協力しよう」

「え?」

「ただし、後は君の努力次第だと言っておこうか」

そう言った翡翠が身を翻したとき、泰明と泰継が入ってきた。

「泰継」

白湯を入れた椀(まり)を載せた折敷を持った泰明の後に続いて、

切り分けた柿を盛った皿を持って入ってきた泰継に近付いていきながら、翡翠は声を掛けた。

「すまないが、急用を思い出してね。泰明殿にも悪いとは思うが、これで失礼させていただこう。行こう、泰継」

言いながら、泰継の持った皿をひょいと持ち上げ、友雅に渡す。

「何なのだ、お前は唐突に…」

細い眉を顰めて抗議し掛ける泰継に構わず、半ば強引に泰継の細い腰を抱き寄せる。

「はいはい、黙って」

言うなり、文字通り泰継の口を己の口で塞いだ。

「…ッ!」

恥ずかしさと怒りの為、見る見るうちに、白い肌を一面、髪に挿したいちしの花のように染めた泰継が柳眉を吊り上げる。

「翡翠ッ…!お前は…泰明の目の前で…ッ!何ということを…」

「ではね、失礼するよ」

言葉を続けることが出来ず、真っ赤な顔色のまま、絶句した泰継の細身を抱え上げ、翡翠は颯爽と身を翻した。

目の前のやり取りを目を丸くして見ていた泰明が我に返って、去っていこうとするふたりに声を掛ける。

「ふたりとも気を付けて帰れ。また、時間があるときに来るといい」

「有難う。そうさせてもらうよ」

泰明の言葉に翡翠は肩越しに振り向いて笑顔で応え、すいと友雅に視線を流した。

「結果はまた、そのときにでも聞かせてくれ」

「結果?」

泰明がきょとんとする。

「まあ、聞かずとも見れば分かると思うけどね」

泰継を抱えていない方の手をひらひらと振って、翡翠は庵を出て行った。

遠目に泰継が何事か喚きながら、拳を振り上げ翡翠の胸やら肩やらを叩いているのが見えた。

大袈裟に痛がる振りをしながら、楽しそうに翡翠が一層泰継を強く抱き締め…

ふたりの姿は常緑の木々に溶け込むように消えた。

 

「………」

「友雅、「結果」とは何のことだ?」

「さあね」

結局、最初から最後まで見せ付けられたような気分だ。

しかも、翡翠からは見当違いの喧嘩を売られ…正直、いい迷惑である。

先程までは忘れていた疲労が一気に押し寄せてきたような気がして、友雅は苦笑混じりの溜め息を吐いた。

泰明が友雅の傍にやってきて座る。

白湯の椀を載せた折敷を床に置き、友雅が翡翠から手渡されて床に置いた皿の柿を見る。

「たくさん切り過ぎてしまった。ふたりで食べるには多過ぎるな…」

淡々と事実を言うその声音に寂しさが滲んでいるように感じられて、友雅は今度は苦笑ではない笑みを零した。

「泰継殿も翡翠もまたやってくるよ」

傍らの小さな頭を優しく胸元に引き寄せ、綺麗に結われた翡翠色の髪を撫でてやる。

「そう…だな」

腕の中で素直に頷く泰明が何とも健気で愛おしい。

ふたりきりの時間を邪魔されるのは好かないが、この可愛いひとが喜ぶなら、

泰継だろうと翡翠だろうと何十人来ようが歓迎してやろうという気分になる。

…あくまでも気分の問題で、実際に何十人も来られるのは勘弁して欲しいが。

 

『後は君の努力次第だ』

 

ふと翡翠の言葉が脳裏に甦る。

見下ろせば、僅かに俯いて華奢な身を友雅の腕に預けている泰明。

襟元から覗く白い項が眩しく、泰明の肌から自然に香り立つ花のような薫香が僅かに鼻をくすぐる。

視界の端に映るのは鉢に生けられたいちしの花の燃えるような紅色。

それは目前にある泰明の艶やかな髪の翠色の上でも揺れる。

(これはもしや…絶好の好機なのではないか?)

翡翠の言葉に煽られた所為もあったのだろう。

何よりも、芳しい花の誘惑に抗し切れず、誘われるまま口付けようと、友雅は泰明の細い頤に手を伸ばす。

と、泰明がぱっと顔を上げた。

伸ばした手は見事空振りである。

そうして、瞳を輝かせた泰明が、

「そうだ、お師匠にもこの柿を持っていこう。三人ならばきっと食べ切れる筈だ」

と、心なしか嬉しそうに言う。

どうやら、今までたくさん切ってしまった柿の行く末を思案していたらしい。

「元より、お師匠には、後で別に持って行くつもりだったのだ。

しかし、こうなれば、切り口が乾かぬうちに、すぐに持って行ったほうが良いな」

思い立ったら即行動とばかりに、泰明は柿の皿を持って立ち上がる。

「……ちょっと…ちょっと待って、泰明」

空振りした手を持て余したまま、思わず呼び止めると、泰明は振り向いて、僅かにすんなりした首を傾げた。

「どうしたのだ?お前もお師匠のところに行くか?」

無邪気そのものでそう誘い掛ける泰明に、友雅は今度こそ脱力しそうになる。

 

全く…苦労させられる。

今度翡翠に会うことがあれば、この守備の悪さを、確実に馬鹿にされるに違いない。

しかし…

 

『だが、その苦労さえも可愛いひと故と思えば、愉しいものだよ』

 

再び翡翠の言葉が甦る。

(…そうだね。本当にその通りだ)

改めてその思いを噛み締め、友雅は常どおりゆったりと微笑んで、立ち上がった。

「私も一緒に行くよ。君のお師匠様にもきちんと御挨拶したいしね」

「ならば、お師匠の庵で、三人一緒に柿を食べよう」

と、心から嬉しそうに泰明が笑うので、友雅も釣られるように笑った。

 


前後編で終わらせるつもりが、後編部分が前編部分に比べて異様に長くなったので(汗)、二つに分けました。
友雅氏も翡翠氏も自分の恋人にメロメロのようです(笑)。
しかし、これでもかと言わんばかりに、翡翠氏につぐりんとのいちゃいちゃ振りを見せ付けられ、
おまけに敵視された、未だ欲求不満状態(笑)の友雅氏はいい迷惑。
その後も、せっかく気を利かせた翡翠氏の助力虚しく、此度のアタックも空振りに終わりました(苦笑)。
でもですね、結局は『その苦労さえも可愛いひと故と思えば、愉しいものだよ』(by某海賊)なのですよ!!
そんな風に上手くいかない過程も愉しみつつ、友雅氏にはやっすんとの恋☆を育んで欲しいものです(笑)。
…その方が面白いしな(本音)。

リクエスト下さいました睦実様、有難う御座いました!!(平伏)
リクエストいただいてから、半年以上経ってしまいましたので(汗)、御覧下さっているかどうか分かりませんが、
もし御覧になっていましたら、また、御希望に沿うものになっていましたら、幸いです。
最後まで御覧下さいました方も、有難う御座います!!
少しでもお愉しみ下さいましたなら、嬉しいです♪

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