小鳥 前編

 

柔らかな木漏れ日が地に降り注ぐ。

光のカーテンは、緑の芝に紛れながら咲く、名も知らない小さな、

しかし、可憐な花々を仄かに輝かせている。

公園の中央に設えられた噴水の水も、春の陽射しに煌々と輝きながら水盤へと注ぎ、

その光を揺れる水面へと拡散させていた。

その噴水の縁に友雅は泰明と二人、腰を下ろした。

 

久し振りの休日。

柔らかな陽気に誘われて、二人は散歩と称したデートへと繰り出していた。

もっとも、「デート」だと思っているのは、友雅だけかもしれないが。

ここは泰明の家からごくごく近い公園である。

しかし、美しい噴水を備えた大きな公園であるだけに、そこそこ賑やかだ。

家族連れやカップルの姿もちらほら見える。

その中でも、友雅、泰明の二人連れは目立っていた。

公園にいる者の殆どは、仲睦まじげな二人を滅多にお目に掛かることのない、

美男美女カップルと判断していたようだが、中には男性同士であると見抜く者もいた。

二人が腰掛けた場所よりやや離れた場所に座っていた二人の少女は、

二人の様子をさり気なく窺いつつ、楽しそうに何事かを囁き交わしている。

しかし、そんなことを気に掛ける友雅ではないし、

泰明に到っては注目されていることにすら気付いていない。

 

散歩がてらこの公園に行こうと言い出したのは、実は友雅であった。

休日に出掛けるとなれば、ドライブがてら高級レストランへ食事に行くなどの、

贅沢なデートをセッティングしがちな友雅の意外な誘いに、

泰明は少々訝しげな顔をしていたが、素直に従った。

「友雅と一緒ならば何処でもいい」との、常どおりの無意識の殺し文句付きで。

 

その泰明は噴水の縁にやや脚を崩して腰掛けつつ、

公園の入口近くの店で友雅に買って貰ったクレープを食べている。

無心な様子で食べているのだが、見詰めている友雅と目が合うと、

にっこりと心底嬉しそうに笑う。

その花のように可憐で愛らしい笑みは、春の陽射しの如く胸を暖め、

眺めているこちらの頬もつい緩んでしまう。

この輝くような笑みの理由が友雅の所為であるのか、

それともクレープの所為であるのかは、この際問わないでおく。

「美味しいかい?」

泰明はこっくりと頷き、行儀良く口の中にあるクレープを飲み込んでから言葉を紡ぐ。

「友雅も食べてみるか?」

「いや、いいよ。あまり甘いものは得意ではなくてね」

「そうか。残念だな」

「そんなことはないよ。私は泰明の美味しそうな顔を見ているだけで充分なんだ」

「そういうものか」

「そういうものだよ」

他愛もない会話を交わしつつ、友雅は泰明が傍にいる幸せをしみじみと噛み締める。

噴水の水が小さな虹を作りながら、細かな飛沫を降らせてくる。

(たまにはこういうデートもいいかもしれないね)

その飛沫が小さな水晶の粒のように泰明の翡翠色の髪を飾っている様を、

瞳を細めて眺めつつ、友雅は思う。

泰明は少しずつクレープを口に運びつつ、

目前の木の枝に止まった小鳥を興味深げに眺めている。

すると、その視線に導かれたように、小鳥がこちらへと飛んできた。

恐れ気もなく泰明の隣へと降り立ち、澄んだ可愛らしい声で囀りつつ、

泰明の周りを飛び回る。

「その小鳥は何と言っているんだい?」

「「一緒に遊ぼう」と。歌っている」

友雅の問いに応えつつ、くるくる飛び回る小鳥の姿に、泰明も澄んだ笑い声を漏らす。

そっと白い手を差し伸べる。

小鳥は軽く羽を羽ばたかせながら、その華奢な手首に止まった。

「君のことが好きみたいだよ」

「そうだろうか」

やや、からかい気味に言葉を掛けると、泰明は嬉しそうに僅かに白い頬を染めた。

 

まったく、恋敵が多過ぎて困る。

 

思わず苦笑しながら、友雅はさり気なく辺りを見遣る。

(さて、そろそろかな)

すると、右手の方から強い視線を感じた。

周りから少なからず注がれる好奇の眼差しとは種類を異にするものだ。

その視線の先を辿ると、右手の木の陰に佇む長身の青年と目が合った。

友雅と目が合うと、ぱっと目を離す。

しかし、友雅が目を逸らすと、再び彼と泰明の様子を凝視する。

(どうやら彼が件の薔薇の贈り主のようだな)

 

数日前、泰明は見知らぬ男性から薔薇の花束を渡され、交際を申し込まれた。

泰明自身には交際を申し込まれているという自覚がなかったのが幸い(?)して、

返事はそのとき保留となっていた。

後に事実を知った友雅は、自ら交際を断る役を買って出て、

薔薇の贈り主に電話で丁重に断りを入れたのだが……

 

実は相手は余程自分に自信があるのか、

なかなか諦めようとはしてくれなかったのである。

言葉だけでは泰明が友雅と付き合っているとは信じられない、

泰明と話をしたいと言う彼に、友雅は最終手段を行使することにした。

日付と大体の時間を指定して、

ここに来れば自分の言葉が嘘ではないことが証明されるから、

と密かに彼を呼び出していたのである。

 

そうして、友雅が初めて目にした彼は、なかなか華やかな顔立ちをしていて、

如何にも女性付き合いに慣れた雰囲気を漂わせている。

実際、もてるのだろう。

自分に自信を持つのも分かる。

 

しかし、友雅の敵ではない。

 

友雅は整った唇に、ゆったりとした笑みを浮かべる。

滅多に見ることのない満面の笑顔で友雅を見詰める泰明の姿に、

衝撃を受けていたらしき青年の顔が、友雅の笑みに更に強張る。

 

もう一押しか。

 

友雅は小鳥と遊んでいる泰明へと視線を戻す。

笑顔で、

「泰明、やはり味見をさせてもらっても良いかな?」

と問う。

その言葉に泰明は戸惑いがちに友雅を見る。

その手にはクレープはもう殆ど残っていない。

「それは良いが…もう殆ど残っていないぞ。もっと早く言ってくれれば…」

泰明の言葉が終わらぬうちに、友雅は腕を伸ばしてやや強引に泰明の腰を捕らえ、

細い身体を引き寄せた。



再び懲りずにともやすです。
青い友雅再び……(苦笑)
しかし、これに関しては葉柳、開き直りました。
「私と○歳しか違わないんだから、青くたっていいのさ!」と自分に言い聞かせてます。
(「精神年齢」というものを全く考慮していない発言)
今回のお話は前作「花」の続編のような位置付けになっております。
前作を御覧になっていなくても、おそらく…多分…分かる話になっているんじゃないかと……(不安)
「友雅氏のやっすんに群がる虫撃退作戦+α」なお話です。
前作「花」に頂きました御感想の中で、
やっすんに薔薇を贈った人がどんな人か気になるいう御感想があったような…憶えがありまして(急に記憶に自信がなくなる…)。
それなら、書いてみようか…ということで。
こんな(↑)人になりました(笑)。
そして、この話もまた続いてしまいます、すいません……
更に思わせ振りな場所で切っちゃってすみません………(汗)
この後、友雅氏が何をするのか…大体想像つくかと思いますが(苦笑)。
いや、何たって友雅氏だからね!(…にしてはぬるいか?)


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