Blue 〜innocence

 

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「通信が入りました。これは…頼久殿ですね。無事、基地への潜入が成功したとのことです」

「それは良かった」

 本部に残った友雅、鷹通、詩紋は、コンピュータールームに顔を揃えていた。

 約束どおり、本部にやって来たイノリもいる。

「本当に軍の基地へ潜入しちまったんだな…」

 イノリが改めて感嘆したように呟くのへ、友雅はちらりと視線を投げ、微笑む。

「元より出来ないことは口にはしないよ」

 鷹通が頼久からの通信暗号を解読して、皆に概要を伝える。

「永泉様たちは基地内の二三の施設を見学した後、現在は奥の貴賓室にいらっしゃるようです。

ああ…ようやく、彼らの居場所が特定できました。マップを表示します」

 鷹通の言葉と共に、スクリーンに基地内部の平面図と、三人の現在位置を光点で示したマップが表示された。

「貴賓室と目的地との距離は…そこそこあるな」

「ええ。それに、どうやら、軍は視察団を貴賓室に閉じ込めにして、一定の時間が経過したら、早々に基地から追い出すつもりのようです」

「ああ、やはりね。視察を受け入れるとは言っても、あくまでも表面上だろうとは思っていた。

御門の縁者に、あちこち歩き回られて、余計なものを見られては不味いだろう。

だが、こちらには却って好都合だ。敵地で仲間の位置が把握出来る方が、より動き易くなるからね」

「ええ。彼らも様子を見計らって、動き出す、とのことです」

「……」

 鷹通と友雅の会話に耳を傾けながら、詩紋は一心に祈っているかのように、思い詰めた顔付きでマップを見詰めている。

 そのとき、通信の解読を続けていた鷹通が、小さな驚きの声を上げた。

「どうした?」

「は、はい。潜入した基地に、予定では既に本部に戻っている筈の将軍がいた、との報告がありまして…」

「…何だって?」

 鷹通の言葉に、友雅が口元に浮かべていた笑みを消す。

「所用があって、予定より滞在を伸ばしていたという話です。永泉様と軽く言葉を交わした後、すぐに基地を去って行ったそうです」

「……」

「意表を突かれる出来事ではありましたが、計画の遂行に支障はないと向こうでは判断しています。私もそう思いますが…」

「そうだね。そう考えるのが妥当だ…」

 鷹通の言葉に同意をしながらも、友雅の表情は次第に張り詰めたものとなっていく。

 ついに友雅は立ち上がって、上着を手に取った。

「今から少数の精鋭を連れて、基地へ向かう」

「友雅殿?」

「何だよ、どうしたんだよ!」

「ただの思い過ごしかもしれない。だが、もしも将軍が我々の動きを知った上で、敢えて滞在を伸ばしていたとしたら?

将軍は、本当に基地を去って行ったのだろうか?

基地を出たとしても、本部へは向かわずに、何処かで我々の動きを監視しているのではないか?」

 鷹通がはっと息を呑む。

「将軍が罠を張っているかもしれないと、そう仰るのですか?!」

 続いて詩紋とイノリが息を呑んで、友雅を見る。

 彼らに、友雅は厳しい表情のまま、頷いた。

「あくまでも最悪の場合の予想だがね。どうにも嫌な予感がするのだよ…」

「では、私も参ります!」

「いや、君にはここに残って、当初の予定通りの作業を続けて貰いたい」

 咄嗟に立ち上がろうとする鷹通を留め、友雅は言を継ぐ。

「状況がどちらに転ぶにしろ、君の作業が成功すれば、我々にとって有利になる」

 鷹通はもう一度息を呑み、表情を引き締めて頷いた。

「…分かりました。必ず成功させます。どうぞお任せ下さい」

「頼りにしているよ」

 そう言って、鷹通の肩を叩いた友雅は、視線を巡らして緋色の髪の少年を見る。

「イノリ。君にも頼みたいことがある」

「おう。俺に出来ることなら何でも言ってくれ」

「それでは、遠慮なく。君には、我々との協力に関して返答を保留にしていた各地区のまとめ役から、至急返答を貰ってきて欲しい」

「ええ?!全員からかよ?!」

「君ならば、不可能ではないと思うのだが。顔見知りなのだろう?」

「!!」

 友雅の指摘に、イノリは目を見開く。

 次いで、決まり悪げに頭を掻いた。

「何だ、知ってたのかよ…」

「それくらいはね。軽く見てもらっては困るよ」

 冗談めかした口調で言って、友雅は返事を促す。

 一瞬、考えるような間を置いたイノリは、やがてはっきりと頷いた。

「あいつにも、協力するって言ったもんな…いいぜ、任しときな。全員から協力を取り付けてやる!」

「それは頼もしいね」

 すぐさまイノリは身を翻し、部屋を駆け出して行った。

 友雅もまた、上着を羽織り、出ようとした、そのとき。

「待って下さい!」

「詩紋?」

 振り向いた友雅に、詩紋は必死な様子で願い出る。

「僕も…僕も一緒に行かせて下さい!!」

 友雅は、詩紋の言葉を受けて少し考える。

詩紋にはここに残って、必要に応じて動いて貰うつもりでいたが、

これから向かう先で不測の事態が起きた場合、治癒能力を持つ詩紋が居た方が良いかもしれない。

「分かった。では、一緒においで」

「はい!!」

 詩紋の他に三人の精鋭メンバーを伴って、友雅は基地へ向かって出発した。

 

 

 視察一行が貴賓室に通されて、三十分ほどが経過した。

 そろそろか。

 頃合いを見計って、泰明が腰掛けていたソファから、すいと立ち上がる。

「如何されましたか?」

 不意の行動に、永泉と泰明の正面のソファに腰掛け、話し相手を務めていた将校が訊ねるのへ、口元だけで微笑んでみせる。

「すみません、ちょっと失礼して…」

 永泉が立ち上がり、気遣うように泰明の手を引いて、ソファから少し離れる。

 戸口付近に控える頼久と天真がさり気なく目を見交わした。

 永泉は何も言わず、泰明を見詰める。

 ただ、握った手に僅かに力を篭め、無事であることを祈る。

 そんな永泉の想いに応えるように、泰明が微かに頷きを返した。

 永泉はそっと握った手を離して、様子を窺う将校へと振り向く。

「あの…申し訳ありません。女性も使用できる化粧室のような場所はありますでしょうか?」

「化粧室ですか…この部屋を出て、突き当りの廊下を左に曲がったところに、来賓用の洗面室が御座います。

個室仕様になっておりますので、化粧室としても利用可能かと思います。御案内させましょう」

 将校の言葉に応じて、控えていた部下の一人が進み出る。

「有難う御座います。あの…大変失礼な話だとは思うのですが、この方にこちらからの付き添いをお付けしても宜しいでしょうか?

貴方がたを疑っている訳ではないのです。ですが、どうしても不安で…」

「…分かりました。どうぞ、永泉様の御随意に…」

 御門の弟君は、余程このご婦人を大切に想っているらしい。

遠慮がちな口調ながらも、譲る気配のない永泉の要請に、将校は内心呆れ半分で頷いた。

「有難う御座います。それでは…頼みましたよ」

「は」

戸口から進み出た頼久と天真が、永泉の言葉に敬礼する。

付き添いに二名も出すとは、と将校は更に呆れたが、付き添いを許可した手前、口を出すことは控えた。

「それでは御案内致します」

 将校の部下が先に歩き出し、その後を頼久と天真を従えた泰明が続いた。

 広い廊下を歩みつつ、三人はさり気なく、天上付近に設置してある防犯用の監視カメラの位置を確認する。

 カメラの死角に入る。

「あちらの扉が洗面室の入口となります」

 案内の軍人が振り向こうとする一瞬の隙を突いて、流れるように動いた泰明が、相手の首の根に手刀を振り下ろす。

 今は漆黒に染められた艶やかな髪が、ふわりと空に舞う。

 的確に急所を打たれた軍人は、一言も発することなく、その場に昏倒した。

「流石」

 天真が小さく口笛を吹く。

 頼久は無言で前へ出て、昏倒した軍人から手早く制服を剥ぎ取る。

 それを手伝いながら、天真はぼやく。

「しっかし、これじゃ、もう一人襲わないと、敵に成りすませねぇな。案内人が二人だったら、一度で片が付いたのにな」

「心配するな。これから奥に潜入すれば、嫌でも敵と顔を合わす。敵に成りすます機会も充分にあるだろう」

 無駄なく動きながら、頼久がそう応えた。

 泰明は周囲を見渡して、洗面室の扉脇の壁に見付けた端末へと駆け寄る。

 そこから、基地の監視用制御コンピュータにアクセスする。

 流石に、この短時間では、敵に気付かれずに、基地全体のセキュリティシステムを停止させることは出来ない。

 故に、目的の場所に向かいながら、徐々にセキュリティを解除していく。

 まずは、この周辺の監視カメラを始めとしたシステムを機能停止させた。

 その際に、表出した解除パスワードを、泰明は左手の中指に嵌めた指輪に仕込んであるセンサーに認識させる。

 超小型の通信機でもあるそれに取り込まれたパスワードは、レジスタンス本部のサーバーコンピュータへと送られるのだ。

 この通信機を開発し、泰明へと託したのは、鷹通である。

 

 出掛ける前に、鷹通は泰明に、この指輪型通信機の機能と使い方を教えた上で、自ら泰明の手を取って、細い指に指輪を嵌めた。

『泰明殿、全てのセキュリティの解除をする必要はありません。それは私の役目です。

貴方の送って下さる幾つかのパスワードから、基地のセキュリティを含めた全機能を掌握するパスワードを、私が解いてみせます』

 

泰明の華奢な手を握り、誓うように宣言した鷹通の強い眼差し。

それを思い起こしながら、己の送るパスワードが鷹通の役に立つことを願う。

そして、三人の動きを気取られぬよう、貴賓室に残って、将校の相手をしている永泉と、仲間たちの無事も願う。

その間に、頼久と天真は昏倒した軍人を手早く縛り上げて、洗面室に放り込んでいた。

剥ぎ取った制服は、ひとまず、天真が身に付ける。

「行くぞ」

 泰明は足音を立て過ぎるパンプスを脱ぎ捨て、躊躇いなく膝下まで丈のあるスカートの裾を捲り上げる。

「うわ!」

天真と頼久が顔を真っ赤にするのには構わずに、泰明は大腿に吊るして隠し持っていた武器を抜き取った。

頼久にはタガーナイフ、天真には拳銃を投げ渡す。

こうして泰明が武器を持ち運ぶのを見るのも二度目だが、彼の形良い綺麗な脚が晒されるのを見るのは、やはり心臓に悪い。

投げ渡される武器を受け取りながら、二人は何とか平静を取り戻した。

そうして、自らも銃を構えた泰明が走り出す。

 遅れず、天真と頼久も続いた。

「泰明殿、失礼を」

 視界の端に警備兵を捉えた頼久が、泰明の細い肩を軽く抑えるようにして、すっと前へ出る。

 相手がこちらを視界に入れる前に、タガーナイフの柄で急所を打ち、意識を奪う。

「何か俺の見せ場が全然無い気がするんだが…」

「いざと言う時の為に、無駄な体力は使わずに温存しておいた方が良い」

 手早く警備兵の制服を剥ぎ取って、縛り上げる頼久を手伝いながら、再度ぼやく天真を、泰明が冷静に諭した。

 

 目指す場所は決まっている。

 瀬里沢の残した基地内部に関する情報の中で、一箇所だけ詳細が突き止められなかった部屋だ。

 そこが基地の心臓部であると、レジスタンス幹部は皆、確信していた。

 

 それからも、主に泰明が先頭となり、セキュリティを解除しながら、徐々に奥へと進んでいったが、予想に反して、警備兵の数は少なかった。

「人海戦術よりもシステム重視って奴か…?」

 天真が不審そうに呟く。

 頼久は無言だが、凛々しい眉根を僅かに寄せている。

 泰明もまた、表現し難い違和感を抱えていたが、それを拭い切れないうちに、目的の部屋へと辿り着いた。

「この向こうに蘭が…?」

 電子錠の掛けられた扉の前で、天真が拳を握り締めた。

 センサーに手を翳して、泰明が錠を開ける。

 次いで、三人は中からの襲撃がある場合に備えて、扉の両脇にそれぞれ身を潜めた。

自動扉がスッと開く。

中は静かだった。

無人のようだ。

三人は顔を見合わせ、注意深く室内へと侵入する。

そうして、室内の光景を目にした三人は、殆ど同時に息を呑んだ。

「これは…!」

 泰明は目を見開いて、その場に立ち竦む。

 背筋を走り抜ける衝撃に、血流が滞り、身体中が冷えていくような感覚を覚える。

 その所為だろうか、凍り付いたように、身体が動かなかった。

 故に、その光景から目を逸らすことも出来なかった。

 


to be continued
ついに、特殊軍基地の心臓部に潜入です! やっすんたちが目にした衝撃の光景とは?!…次回への煽り文句は、こんな感じでしょうか?(笑) とにかく、次回から、クライマックスに入ります! それに伴い、今後は笑ってられない展開となるかと… ところどころで、「こ、これは…!」と妄想できる余地(?)を残したいとは思いますが、どうなるか分かりません(苦笑)。 また、御覧になる方によっては、キツイ展開になるかもしれません…特に○○とか、△△ファンの方。 ××ファンの方も、怒っちゃうかもしれないなあ…(汗) 突発的なネタではなく、シリーズ当初から考えていた展開なのですが、 どうか、石は投げないでやって下さいませ…(ビクビク) 今回も概ね、シリアス展開でしたが、お遊び的要素を若干入れてみました。 鷹通の擬似エンゲージリング(違)プレゼントとか、やっすんのお色気武器携帯再びなど(笑)。 取り敢えず、次も頑張ります!! back top