Blue 〜innocence

 

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「…お前もレジスタンスの一員なのか?」

「う…うん」

 本部への移動中、ふいに発せられたイノリの問いに、詩紋が頷くと、イノリは胡散臭そうに詩紋を眺める。

「本当かよ?とてもそんな風には見えないけどな」

「そ…そうかな…?」

 悪気はないのだろうが、イノリのつっけんどんな口調に、詩紋はやや萎縮してしまう。

 すると、運転席の鷹通が、さり気なく助け舟を出した。

「詩紋殿は、有能なレジスタンス主要メンバーの一人ですよ。人は見掛けだけで判断するものではありません」

「んなこたぁ分かってるよ」

 拗ねたようなイノリの口調に、鷹通は小さく笑う。

「本部に到着したら、詩紋殿の他の主要メンバーにお引き合わせいたしましょう。

中にはイノリ殿の仰るようなとてもレジスタンスに加わっているようには見えない方もいらっしゃるかもしれませんが、

皆頼り甲斐のある仲間ばかりですよ」

「そうでなきゃ兄貴の情報が無駄になる」

 イノリがそう憎まれ口を叩く間に、車は本部へと到着した。

 

「お帰りなさい、藤原殿、流山殿」

「只今戻りました」

 目隠しとなる人工林に囲まれた本部の思った以上の敷地の広さに、イノリは目を瞠る。

 その広い敷地内に、元は貴族の邸宅だったのだろう華美な装飾の名残がある建造物が点在し、長い渡り廊下で繋がれている。

 広い中庭や、林の中には、射撃場や道場などの訓練施設もあるようだ。

 そこを闊歩するのは、常日頃鍛えられていることが分かる逞しい身体つきの男たちばかりだ。

「…なかなか本格的じゃねえか」

「遊びではありませんからね」

 少し感心したようなイノリの言葉にさらりと答え、鷹通は携帯端末を操作する。

 メンバーの動向情報を呼び出し、呟く。

「永泉殿はお出掛けですか…」

「はい。しかし、すぐに戻ってこられるとのことでした」

 鷹通の言葉を捉えた出迎えの男が言い、鷹通は頷いた。

「そうですか。では、今からでも幹部を集めてイノリ殿を紹介しましょう。

永泉殿が戻ってきたら、会議室に来るようにお伝えして下さいますか?」

「承知しました」

 出迎えにそう伝言を残し、鷹通は本部内の幹部に招集を掛けた。

そうして、メンバーと引き合わされたイノリは再び目を瞠ることとなった。

 

若いながらも、礼儀正しく、隙のない身のこなしが印象的な頼久。

本部に入ったときに見掛けた男たちと雰囲気が似ていると思ったら、

頼久は元軍人で、今いる他のレジスタンスメンバーも元は彼の部下であるという。

 頼久よりも更に若く、きつい眼差しの所為で、一見怖そうな雰囲気のある天真。

 しかし、言葉を交わしてみると、意外に面倒見が良さそうな面が窺えた。

 また、一般階級の出身だということもあって、自分とは一番気が合いそうに思える。

 優しげで上品な雰囲気を持つ永泉。

 言動も丁寧で、いっそ弱々しくすら見えて、詩紋と同様に、こんな反政府的な組織に身を投じるようにはとても思えない。

が、彼は何と御門の弟で、密かにレジスタンスの支援をする御門との連絡役もこなしているという。

 レジスタンスが表立ったものではないものの、御門の支援を取り付けているということにも、イノリは驚いた。

 そして、レジスタンスを纏めるリーダーである友雅。

 彼もまた、頼久のように、元軍人だということだが、見た目が派手でいかにも女性にモテそうだ。

立ち居振る舞いも、ゆったりとしていて、むしろ貴族出身と言われた方がしっくりする。

 正直、とてもとてもレジスタンスを率いるような人物には見えないのだが、

ここまでレジスタンスを纏めあげたのだ、それだけの手腕はあるのだろう。

 鷹通が言ったとおり、幹部メンバーはひとりひとりが皆個性的だ。

そうして…

 

その中でも、一際異彩を放っているのが泰明だった。

 

人形めいた完璧なまでの美貌にも驚かされたが、

それよりも、彼から醸し出される透明で、限りなく無垢な雰囲気が、強くイノリの心に焼き付いた。

 次いで、イノリの心に芽生えたのは、強い反発だった。

 

 この世に綺麗なもの、真に無垢なものなんてない。

 

 ならば、泰明が放つこの無垢さは嘘なのだ。

 集ったメンバーが、イノリが携えてきた新たな情報を元に会議を進めるのを聞きながら、

イノリは知らず知らずのうちに、睨むように泰明を見据えていた。

 その様子に当然ながら他のメンバーも気付いた。

 気掛かりそうな眼差しをイノリと泰明に注ぐ者、怪訝そうな顔をする者、何かに気付いた様子を見せる者、

反応は様々だったが、皆そのことを言及することなく、話し合いを進める。

 当の泰明は、無垢な美貌を一層印象付ける左右色違いの瞳で、イノリを一瞥したきり、皆の会話に耳を傾けている。

 

「では、その方向で進めようか。イノリ殿」

 友雅に名を呼ばれ、イノリは我に返る。

「イノリ、でいい」

「では、イノリ。君はどうするね?」

 問われて、イノリは頭の中で会議の内容を反芻する。

 

 兄の残したデータの中には、軍の一部基地の内部に関するものもあった。

 特に、軍の特殊部隊の本拠地の内部構造に関するデータは、彼らにとって重要なものだったらしい。

 何故なら、そこにメンバーの一人、天真の妹が攫われてきている可能性が高いからだという。

 そのような理由なら、兄の情報を利用することに異論はない。

 家族を失う辛さは、イノリも良く知っている。

 何か、自分に出来ることがあれば、力を貸したいとも思う。

 しかし、今は将軍が基地に視察に来ているとあって、すぐに動くのは難しい状況だ。

 将軍が基地から去るのを待ってから、精鋭を潜入させることに決まった。

 

 目下の活動は、一般民、特に下層階級へのレジスタンスの宣伝と賛同者の取り込みだ。

 各地区へのまとめ役には、ここにいる幹部メンバーが手分けして、ひとりひとりに直に接触を図り、協力を仰ぐという手筈となった。

「でも、幾ら直接話を付けに行っても、難しいと思うぜ。まとめ役だけあって、こいつらは皆慎重で、悪く言えば、疑り深いんだ。

上手く行っても半分、悪くすれば一人の協力も得られないだろうな」

「かもしれないね」

「それでもやんのかよ?無駄だって思わねぇか?」

「無駄かどうかはやってみなければ分からない」

 不意に低いが不思議に澄んだ声が応え、イノリはそちらを見遣る。

 泰明だった。

 気負うことなく、ごく当り前のようにそう言った泰明の瞳には、真っ直ぐな決意に満ちた光がある。

泰明の言葉に頷く皆の瞳にも、同じように強い意志の光が窺えた。

「そう信じるからこそ、我々はこのレジスタンスを結成した訳だ」

「……」

 友雅が言葉を添え、イノリは一瞬沈黙する。

ふと、彼らが泰明に注ぐ眼差しに閃くものを感じて、強く引き結んでいた口を開いた。

「じゃあ、俺はお前らの決意がどれほどのものか見てやるよ。まずは、泰明。あんたのお手並みを拝見させて貰うぜ」

 泰明を睨むように見据えながら、イノリは宣言した。

 

 その無垢な仮面を引き剥がしてやる…!

 

 何時の間にかそんな風に思いながら。

 

 

 会議が終わると、直ちにメンバーは動き始めた。

「では、私はこの者を訪ねてみることにする」

真っ先に泰明が訪ねる先を決めて、部屋を出て行く。

「お気を付けて」

「ああ、皆も気を付けていけ」

 そんな言葉を残していった泰明の後を、やや険しい顔をしたイノリが付いていく。

 振り返らずに、遠ざかっていく泰明の細い背中は常どおりで、イノリの敵意を気にしているようには全く見えないのだが…

「大丈夫なのでしょうか…?」

 心配そうに呟く永泉の声を拾った友雅が笑う。

「泰明のあの様子なら、大丈夫でしょう」

「そう…ですね。私も泰明殿はきっと大丈夫だと思いますが…」

 永泉と同じ懸念を抱いていたのだろう、鷹通も怪訝そうな顔をして疑問を口にする。

「しかし、イノリの様子は気になります。一体どうしたのでしょう?」

「泰明は言動が素っ気無くて、最初は冷たそうに見えるからな。誤解してるんじゃないのか?」

 天真の意見に、今度は詩紋が問いを発する。

「でも…イノリ君は、さっきは殆ど泰明さんと話してませんでしたよ?」

「…それもそうだな。じゃあ、どういうことなんだ…?」

「ああ、彼のこともそれほど心配しなくて大丈夫だよ」

 首を傾げる面々の会話に、友雅が可笑しそうに口を挟んだ。

「恐らく、彼の泰明に対する反発はね、それとは真逆の気持ちの表れだから」

「少年らしい反応ですね」

 頼久もまた、微笑んで同意する。

「…ってことは……」

 そこでやっと、首を傾げていた面々も、イノリの態度の原因が分かったのだった。

「そうでしたか…!」

「何時の間に…お相手が泰明殿なら無理もないこととは思いますが…」

 驚きながらも、納得の声を上げる仲間たちの内でひとり、天真だけがポツリとぼやくように呟いた。

「それを分かった上で「大丈夫」ときたか。…ったく、相変わらず余裕だぜ、友雅の奴」

 

 

 一方、気負いながら、泰明の後に付いていったイノリだったが…

 泰明はイノリの存在など意に介していないように、すたすたと歩いていく。

 大きな歩幅で、時折現れる人の群を縫うように通り過ぎていく泰明を追い掛けていくのは、早足のイノリでもかなり大変だった。

 堪りかねて、何度か泰明を呼び止めようとしたが、その度に、こんなところでくじけてなるものかと、気持ちを奮い立たせた。

(…ふん。やっぱり見掛け倒しじゃねえか)

 思ったよりも素っ気無く冷たい泰明の態度に、内心で悪態を付く。

 次いで、最初に思った通りだと納得する気持ちと、やはりそうかと落胆する気持ちの両方が同時に沸き起こって、複雑な心地となる。

 こんな訳の分からない気持ちになるのは嫌だというのに。

 

 ふと、見覚えのある通りに差し掛かって、イノリの足が思わず止まった。

「どうした」

 それと同時に、よく通る声がイノリに問い掛けた。

はっと顔を上げると、ずっと先を歩いていた泰明が立ち止まり、振り向いて静かな眼差しを注いでいる。

こんなに距離が離れていても、泰明はずっと後ろを歩くイノリに、気を配っていたのだ。

そのことに気付いて、イノリは、今度は気まずいような気持ちになる。

「何でもねえよ」

 ぶっきらぼうに答えながら、足を踏み出す。

 それを見て、泰明も再び歩き出した。

 前方を向いたまま、静かな声で言う。

「私の存在はお前にとって不快なものだろうが、暫くは我慢して欲しい」

「え?」

「私のことを嫌うのは構わない。だが、その感情は我々の活動に対する評価とは切り離して貰えればと思う」

 その言葉を聞いて、イノリは泰明の態度の理由を知った。

泰明はイノリが自分を嫌っていると思っているのだ。

だから、敢えてイノリとは離れて歩いていたのだろう。

そのことに、意外なほどに衝撃を受け、また、衝撃を受けた自分に、更に混乱して、イノリは返す言葉を失う。

ただ、前を行く泰明の背中を見る。

 黒を基調としたシンプルな服を纏った、背の高い、それにしてはほっそりと華奢な肢体は見掛け以上に機敏に動く。

 細い背中の上で、緩く編まれた翡翠色の髪が優しく揺れていた。

 あの細くて綺麗な髪もまた、きっと滑らかで優しい手触りなのだろう…

 やがて、イノリは視線を落として、己の手を見詰める。

「…そんなんじゃ…ねえよ」

 呟いた言葉は、前を行くひとに届くことなく、宙で消えた。

 


to be continued
どんどん予定がずれ込んでおりますね、うわぁお♪←何者?(汗) 前回あとがき(?)で予想したように、ホントにイノリ合流だけで終わってしまいました…ある意味、予定通り?(苦笑) 今まで、やっすんの虜になった男共(笑)は、恋に落ちる過程が割とスムーズだったので、 今回のイノリには反発心を抱いてもらっちゃいました! 気になるからこそ、逆に突っかかっちゃうという若くて青臭い(失礼)恋のセオリーですよ!!(何/笑) そんな恋が似合うのは、やはりイノリだろう!ということで。 まあ、そんな恋ゆえの擦れ違いを孕みつつ、次回も、いのやすシーンがもうちょっと続きそうです。 蘭救出作戦はもう少し先の方向で… 取り敢えず、次回はもっとやっすんをいっぱい書けたら良いなあ♪(今回もちと消化不良) back top