Blue 〜eden〜
− 4 −
同時に、皇宮でもその静寂を打ち破る軍靴の音が響いていた。
「お待ち下さい!ここから先はみだりに立ち入ってはなりません!!あっ!!」
行く手を阻もうとする皇宮の侍女を、黒い軍服を纏った集団は無言で押しのける。
「無体な振舞いはお止め下さい!これが御門のおわす皇宮と知っての所業ですか?!」
「その通り」
飛んできた御門の側近が、批難の言葉をぶつけるのに、軍服の集団の先頭を歩む男が、冷たいまなざしを向ける。
「これは、閣下の…将軍の命である。そもそも、この皇宮は、閣下の温情ある采配で存続を許されていたに過ぎない。
そちらこそ、自らの命が将軍の手の内にあるということを心得よ」
「なんと…!」
息を呑んで絶句する側近らを尻目に、男たちは物々しい靴音を立てて、回廊の先にある御門の執務室に遠慮なく足を踏み入れる。
「何事か」
書類にペンを走らせていた御門が、ゆっくりと執務机から立ち上がった。
「他人の住まう場所に、先触れもなく、突然押しかけるのが、軍の流儀であるのか?」
「こちらは、貴族流の礼儀作法など知らぬ軍属のものです。多少の無作法はご容赦いただきたい」
御門の厳しい言に、不遜に応えた男が、声を僅かに高めて、要件を告げる。
「かねてよりわが軍に、謀反を目論んでいたレジスタンスの存在が明らかとなりました。
失礼ながら陛下、貴方様には、そのレジスタンスと結んで、今ある軍政を打倒しようとしたとの嫌疑がかけられております。
我らにご同行いただき、尋問にお応えいただきたい」
「その嫌疑はいずこから出たものか?」
「明かせませんな。我らは押し問答の為に来たのではありません。さあ、ご同行下さい」
男の言葉と共に、控えていた背の高い軍人らが素早く動き、御門を取り囲む。
「お止め下さい!!」
有無を言わせぬ様子に、食って掛かろうとする側近を、御門が手振りひとつで黙らせる。
「同行すべきは私一人か?」
「ええ。陛下が我々の要請を受け入れてくださるなら、ですが」
「ならば良い。私は逃げも隠れもせぬ。行こう」
「お待ち下さい!!」
凛と張り詰めた優しげな声音が、御門を連行しようとする軍人らの足を止めた。
彼らの前に、紫の髪と瞳の少年が進み出る。
「永泉…」
「これは、殿下。何用でしょうか?」
冷たい眼差しで見下ろしてくる相手に怯むことなく、永泉は口を開いた。
「御門は私たち貴族…そして、もしかしたなら、この国の民たちにとっても、心の支えとなる存在です。
そのような方を、一時的にせよ、この皇宮から失うなど…耐えられません。どうか、代わりに私をお連れ下さい」
「ほう?」
見合う男が、蔑むように僅かに目を眇める。
「殿下が陛下の代わりに?それが我々にとって利となりますかな?例えば…
陛下よりも貴方様のほうが、レジスタンスについて詳しいと…そう受け取っても宜しいのですかな?」
挑発めいた言葉に取り乱すことなく、永泉は強く、しかし、静かな眼差しで相手を見返した。
「御門も私もレジスタンスについて語ることは多くありません。
知らないことを語ることは出来ないでしょう。ならば、御門と私、どちらが出向いても同じであるはず」
永泉の言に、男は肩眉を上げて、何処か勝ち誇ったように、言葉を返した。
「ならば、やはり、御門をお連れするほうが我々にとって利となりますな。
殿下は先程、御門は貴族と国民の心の支えとなる存在だと仰った。そのような存在である方を、あなた方から引き離し、軍の手元に置く…
そうすれば、あなた方が余計な考えに捕らわれることもなくなるでしょう。例えば…軍政の打倒など」
「…!」
「いずれにせよ、我々は御門をお連れせよとの命を承ってきているのです。貴方様では代わりにはなりませんな」
「永泉」
軍服の男の背後から、御門の穏やかな声が呼び掛けた。
張り詰めた表情をやや緩め、永泉は兄に応える。
「兄上」
「暫くの間留守にするが、私の代わりに皇宮を守って欲しい。それがそなたの役目だ。何、心配はするな。
こうして、略式とはいえ、正面から同行を求めてきたとなれば、軍も無体なことはせぬだろう。私一人で済むなら、安いものだ」
「そのようなことを仰らないで下さい」
そんな言葉を交わす間、一瞬見交わした御門の瞳が、言葉とは別のことを語る。
それにまた、永泉も目だけで頷きを返した。
「それでは、陛下。ご同行を願います」
「うむ」
御門は、軍人らに取り囲まれながらも、悠々とした足取りで、執務室を後にする。
遅れて部屋を後にする軍人の一人が永泉に向かって、口調ばかりは恭しく告げた。
「失礼ながら、皇宮には軍の見張りを付けさせていただきます。
くれぐれもおかしな振舞いはなされぬよう、皇宮に仕える方々にもお伝えくださいますよう」
「……無論です」
最後の軍人が去ると、その場にいた御門の歳若い側近たちが永泉の元に集まってくる。
「殿下」
彼らは皆、レジスタンスの一員だ。
その呼び掛けに、永泉は無言で頷きを返す。
軍の皇宮に対する動きは、想定範囲内だ。
そこで、予め定めていた手筈通りに、メンバーは動き出す。
今ここにはいない貴族のメンバーに、決起を知らせるのだ。
しかし、古参の側近らは、不安げな面持ちでその様子を見守っていた。
彼らの不安を拭えるほど確固たる勝利を齎す戦いではない。
永泉は彼らに向かって、出来るだけ穏やかに、言葉を掛ける。
「あなた方は、軍に訊ねられたとしても、何も知らないと仰ってくださいますようお願い致します。そうすれば、あなた方の身は安全です。
ただ、私たちの行動には目を瞑っていていただきたいのです。身勝手なことを言っていると分かってはいますが…」
「いいえ」
思わぬ相手の応えに、永泉は目を瞠る。
そんな永泉に、側近らは硬さを残しながらも、静かに微笑んだ。
「殿下…永泉様は、心優しきお方。そんな貴方様が決意なさったことなら、私たちに何の害があるでしょう?しかし…お許しください。
我々は…軍が恐ろしい。殿下に従うことの出来ない身を心苦しく思いこそすれ、身勝手だなどと断じることは決してありませぬ」
「有難う御座います…」
「御武運を」
深く腰を折る側近らに見送られ、永泉は仲間と共に、執務室を後にする。
回廊を歩む途中で、持ち歩いていた携帯端末が受信を知らせた。
「本部側の計画も上手く行っているようです」
暗号式で知らされたメッセージを伝え、永泉は皆を見回す。
「軍が見張りを寄越してくる前に、私たちも動きましょう」
「はい!」
「予想通りに軍が動きましたね」
「ああ。少々予想よりは早かったか…」
「ですが、こちらは計画通りに動くことが出来ました。旧本部に突入した部隊も全滅です」
永泉からの通信を受けて、友雅と鷹通は言葉を交わす。
泰明と詩紋の一件により、御門から提供されたレジスタンスの本拠地に、
軍がやってくるだろうと見越した彼らは、すぐさま本拠地を撤収し、拠点を移したのだ。
彼らがいるのは、同じく中央都市内の、白川が取り仕切る一帯にあるビル内だ。
他のレジスタンスメンバーも、レジスタンスに協力を約束した顔役がいる地区へと分散して、待機している。
だが、計画通りにことが進んでいるにもかかわらず、友雅の表情は何処となく張り詰めたままだ。
何よりも大事な泰明が、軍の手の内にあるのだ、それも仕方ないことと、鷹通は内心で思う。
気が急いているのは自分も…そして、他の幹部メンバーも同じなのだ。
「しかし、ついに軍が御門に手を出すたぁ…奴らもついに本気になったってことかね?」
眉を顰めた難しげな表情で言う白川を、友雅はちらりと見る。
「さあ、それはどうだろうね」
「どうだろうって…違うのか?」
意外そうに目を瞠ってイノリが脇から問う。
「本気だとするならば、投入する部隊の人数が少なすぎる。もし、我々が正面から当たっても、凌ぎきれる人数だろう」
「ってことは…まだ、軍は俺らを舐めてるって訳か…」
「こちらとしては都合が良いのかもしれませんが…」
「確かにね。正直を言えば、もう少し敵の頭数を減らしたかったのだが…残念だよ」
「……」
さらりと友雅が口にした言葉に、一同は一瞬沈黙する。
白川が隣のイノリを肘で軽く小突いた。
「おい、お前さんとこのリーダーは見掛けによらず、随分と過激なんだなあ…驚くぜ」
「いや、いつもそうって訳じゃねえんだけどよ…」
「ああ、今、あのお嬢ちゃんが軍に捕らわれてたっけな。やっぱり、仲間が敵の手の内となると、平静じゃいられないか…
といっても、余裕を無くしてるわけじゃなさそうだな」
「余裕を無くしたらおしまいだからね。なんとしても取り戻したいものがあるなら、尚更ね」
「おっと」
小声での会話を当の本人に聞かれた上で言葉を返されて、白川はいかつい肩を竦める。
「そいつぁ頼もしいや。俺たちも命の懸け甲斐があるってもんだ。さて、リーダーさんよ。
これから俺たちはどうすれば良いかね?ご指示くださいよ」
「そうだね…ではまず、御門が軍に捕らえられた事実を街全体に伝え、広めて欲しい」
この友雅の言葉には、その場にいる幹部メンバーも目を瞠った。
「友雅殿?!一体何を?」
驚いた言葉を発する鷹通には構わずに、友雅は言葉を続ける。
「その際には、なるべく事実を大袈裟に、誇張した形で伝えるようにして欲しい。軍の非道振りがより際立つようにね」
そう口にした瞬間、鷹通を始めとした皆が、友雅の意図を察した。
「合わせて、我々レジスタンスの存在を仄めかす話も織り交ぜて広めてもらえると効果的だ。
街の隅々まで行き渡らせることができれば、マスコミも重い腰を上げるだろう」
「噂を利用する…というわけか。良いかもな」
「そうして、国中の人々の意識を、軍打倒へと導いていくのですね」
天真が呟き、頼久が納得したように頷く。
「では、マスコミ方面へは、私からも揺さぶりをかけてみましょう」
「ああ、それは良いかもしれないね、頼むよ」
鷹通の提案に頷き、友雅は碧い瞳に宿る気迫はそのままに、一同を見渡した。
「軍は支配下にある民の力を随分と侮っているようだが、そうではないということを見せ付けてあげよう」
そう言って、口元だけで微笑んでみせるのに、一同は表情を引き締めた。
皆の気持ちを代弁するように、イノリがぐっと拳を握って宣言する。
「おもしれぇ!やってやろうじゃないか!!今まで散々俺らを傷めつけてきた軍に目に物見せてやる!!」
「おとなしくしているようだな」
そう声を掛けながら、部屋に入ってきたアクラムを、泰明は無関心な眼差しで見返した。
それには構わずに、アクラムはつかつかと泰明の座っている窓際へと歩いてくる。
「最近は着替えや食事もするようになったと聞く。素直で結構なことだ。…いささか、張り合いがないとも言えるがな」
揶揄混じりの口調に、泰明の眼差しが僅かに尖る。
その反応に、アクラムが愉しげに笑う。
奇妙な居心地の悪さに、泰明はアクラムからついと目を逸らした。
「しかし、何時まで、そうして広い部屋の片隅に座っているつもりだ?
ここには柔らかなソファもベッドもある。好んで固く冷たい場所に居座り続けることもあるまい」
「私の勝手だ」
「なるほど、好みだというのならば、私も無理に勧めはすまい」
泰明の色違いの瞳が更に険悪に尖る。
そんな彼に向かって、アクラムが不意に腕を伸ばした。
「…ッ!放せ!」
抵抗する間もなく、泰明は手首を掴まれた。
そのまま力ずくで引き寄せられ、傍らのソファへと投げ出される。
華奢な体躯が、柔らかなソファの上で跳ねた。
泰明は、咄嗟に身を起こそうと、手を付く。
直後、相手に背後を取られたことに気付いて、歯噛みする。
そのときには、既にアクラムの整った指が、少し乱れてはいるが、尚滑らかな髪ごと、泰明の細い項を捉えていた。
「動くな」
耳元で低い声が囁いた。
内容的には予告どおり、かな? 今回はレジスタンスの近況(?)を中心にお届け。 それで、思いの他、皇宮のシーンが長引いたという…(汗) レジスタンスは、世論を味方につける策で軍に対抗します。 一方、敵の首領は捕らわれの姫を構い中。 ええー…何だか姫にピンチ?!な、とても思わせ振りなところで続いておりますが、 単に、一話分丸々やっすんが登場しないのは避けたいと足掻いた結果なのです(苦笑)。 次回に期待は禁物ですので、そこのところ宜しくです!(笑) back top