Blue 〜angel〜
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「ここだよ」
天真が自分の家だと言って指し示したのは、古風な石造りの建物だった。
両脇のビルに挟まれるようにして建つ細い三階建ての家は一見狭そうだが、
玄関から中を見ると意外に奥行きがあり、広々としていた。
一般民の家庭の殆どが、アパートの一室で身を寄せ合って暮らしていることからして、
天真の家庭はかなり裕福であったことが窺える。
「俺の親父は、銃器の販売をしてたんだよ、主に軍に対してな」
天真が何処か嘲るような口調で、その事実を認めた。
一方、泰明は天真の父親の仕事を聞いて、納得したように頷く。
「だから銃の扱いに手慣れていたのだな」
「まあ、そんなとこだ」
苦笑混じりに応えて、天真は大きく玄関の扉を開き、客人を迎え入れる。
「さあ、入ってくれ。一人暮らしで充分な手入れもしてないが、部屋数だけはある。
何処でも好きなように使ってくれ」
「すまないね」
泰明の傍らで友雅がそう言葉を掛けると、
「行き掛かり上って奴だ」
あまり気にするな、と天真が応える。
言葉だけは親切だが、口調がいささか素っ気無い。
気さくで親切な天真の口調しか知らない泰明はちょっと首を傾げたが、その理由を察している友雅は苦笑する。
「…ちょっと待て」
一足先に家に足を踏み入れた天真が辺りを見回し、唐突に何かに気付いたように、後に続こうとした客人を留めた。
次いで、猛然と家に踏み入り、奥の間に姿を消す。
何かを探すような慌しい音をさせた後、再び姿を現し、
泰明らに声を掛けることさえせずに、今度は玄関脇の階段を駆け上っていく。
二階でも同じように何かを探す物音が小さく聞こえ、そののち再び階段を上る音がした。
階下にいる友雅と泰明には、物音は届かないが、三階でも天真は同じ作業をしているのに違いない。
不穏な気配に、玄関口のふたりは目を見交わした。
それから間もなく、天真が先程よりは落ち着いた足取りで階段を下りてきた。
「悪いな、待たせて。もう入ってもOKだ」
明るく言う天真の右手に何かが握られている。
「天真」
泰明が思わず、問い掛けるように名を呼ぶと、天真は握っていた手を開いた。
その掌の上にある壊された小さな機械は…
「…盗聴器か」
見覚えのある機械に友雅が呟くと、はっとしたように泰明は振り向き、次いで、気遣わしげな表情で天真を見上げた。
「これをすぐに盗聴器だと見破るとは、兄さんもただもんじゃねえな」
皮肉げに笑いながら、天真は階段脇のごみ箱に、盗聴器の残骸を投げ捨てる。
「俺の親父が軍に関わる仕事をしてたからな、今もこうやって、俺が出かけた隙に、ときどき盗聴器が仕掛けられるんだ。
…軍には敵も味方も関係ない。俺たちみたいな軍に関わる一般民もこうして監視される」
そう吐き捨てると、天真は階段を下りながら、気遣わしげに瞬いている色違いの瞳に向かって笑い掛けた。
「んな顔すんなよ。あ、もしかして、盗聴器が仕掛けられるような家に泊まるのが、不安になったか?」
「そんなことはない。だが…私たちは軍に追われる身だ。
ただでさえ、軍から監視されているお前が、私たちを匿うようなことをするのは危険ではないのか?」
「ああ、それなら大丈夫さ。監視されてるって言っても、こうして、盗聴器を仕掛けられるだけだ。
それなら、見付けて壊しちまえば済む。壊したところで、何かされる訳じゃないしな。
奴さん、どうやら、うちに仕掛けた盗聴器が壊されようが捨てられようが構わないらしい。
つまり、俺の家は大して重要な監視対象じゃない訳だ」
「しかし、私たちはお前を今以上の危険に追い込むかもしれぬ」
そう細い眉を寄せて言い、今にも友雅を促して出て行こうとする泰明を天真はどうにか留めた。
「待てって。ここから出て、何処に行くつもりだよ?言っておくが、この街では、どの宿も盗聴器は標準装備だぞ」
「…何?」
愕然と目を見開いた泰明に、天真は肩を竦めて見せた。
「ここが軍事基地を擁する街だからかな。二年前くらいからそうなった」
「この街には以前来たことがあるが、随分と物騒になったものだ」
流石に友雅も秀麗な眉を顰めて言う。
それにも天真は肩を竦める。
「さあな。軍の思惑は俺らみたいな一般民には分からない。
…分かるのは、事態が俺たちにとって、どんどん悪い方向へ転がっていってる、そのことだけだ」
最後の言葉にだけ悔しさを滲ませて、天真は再度、泰明らを促す。
「…という訳で、この街で普通の宿に泊まるよりも、俺の家の方が安全なのは分かっただろ?さあ、入った入った」
背中を押すようにして、彼らを家の中に入れると、天真は後ろ手に玄関の扉を閉める。
しかし、泰明はまだ、迷いを捨てきれないように立ち尽くしている。
「ん?まだ、納得できないことがあるのか、泰明?」
「今の街の状況を考えると、天真の言葉に甘えさせてもらった方がいいと私も思うのだけどね」
隣から友雅にも優しく言葉を添えられて、ようやく泰明は頷いた。
「…そうだな。それでは、天真。改めて世話になる」
「おっしゃ。じゃあ、早速空いてる部屋に案内するぜ」
「だが、ひとつだけ確認したい」
朗らかに笑い、先に立って案内をしようと背を向けた天真の脚を泰明が止めさせる。
「お前の父親は軍に関わる仕事をしていたと言う。そして、その為に今も緩いものではあるが、軍の監視があると。
しかし、初めて会ったとき、お前は私の問いに、軍に追われていると応えた。
お前は今…軍に対して何らかの…軍の意思に反する具体的な行動をしているのではないのか?
私たちはその行動の妨げになりはしないか?」
振り向いた天真の顔からは笑みが消えていた。
その顔を泰明は真っ直ぐに見詰めて、応えを待つ。
すると、天真は口元を僅かに歪めた。
「俺のやろうとしていることは、まだ、具体的なものになってないんだ。そうなれるとしたら…もっと先の話だ」
先程までの朗らかな笑みとは違う、苦い笑みだった。
友雅と泰明は三階の一部屋を使わせてもらうことにした。
「部屋数だけはあるんだから、ひとり一部屋使ってもいいんだぜ?
それに、ベッドも一部屋にひとつしかないから、ふたりで一部屋となると、他に簡易ベッドが必要になる」
「いや、私たちは一部屋でいいんだ」
天真の親切な申し出に、友雅は笑顔で首を振った。
「見たところ、ベッドも充分な広さがあるようだし、簡易ベッドも必要ないよ。ね、泰明」
友雅の問い掛けに、泰明は無邪気にこくんと頷いたが、天真はむっとしたような顔をした。
「そこまで言うんなら、無理に勧めないさ。好きにしたらいい」
ややぶっきらぼうにそう言って、部屋に備え付けのバスルームの使い方を一通り説明した後、
足りない物はないかと泰明に訊ねる。
「傷薬と替えの包帯がいる」
泰明が友雅の怪我をした腕を見遣って応えると、天真が頷いた。
「これから飯を買ってくるから、ついでに、それも買って来てやるよ」
「私も行く」
「いや、雨が乾いて、そろそろ街に人通りが増える頃だ。お前らは出掛けるのを避けた方が良い。
追われる旅で結構疲れてるだろうから、少し休んでろよ」
そう言って、天真は部屋を出て行ったが、その間際に目が合ったので、
友雅が感謝の目線を送ると、睨み返されてしまった。
恐らく悪気はないのだろうが、天真はとことんまで泰明の連れである自分が気に入らないらしい。
彼は見るからに泰明に一目惚れだし、その泰明との仲を匂わせるようなことを自分も技と言っているから、無理もない。
しかし、後のトラブルを避ける為にも、これだけは予めはっきりさせておかなければならないだろう。
そんな事情は露ほども気付かない泰明は、一通り部屋を見て回ると、友雅をソファに座らせた。
それから、バスルームへ向かい、教えられた通りにてきぱきと装置を動かし、バスタブに湯を張る。
この家には、自動濾過装置が備え付けてあって、このように水を自由に使うことができるのだという。
贅沢なことだと、徐々に溜まっていく湯の澄んだ色を泰明は眺める。
頃合を見計らって、湯の温度を確かめながら、ふと泰明は先程友雅が言った言葉を思い出す。
友雅は以前、この街に来たことがあると言っていた。
研究所が爆破された後、友雅に導かれるままにこの街へとやって来たが、
友雅はこの街に、或いはこの街を抜けた先に、何か用があるのだろうか。
今になってやっとそのことを疑問に思うのと同時に、己自身が目的を失っていることに気が付いた。
己を造り出した研究所、そこに残る研究データを抹消すること。
それを唯一の目的として、己は走り続けていた。
その目的が果たされた今、己にはすべきことが見付からない。
今まで通り、これからも友雅の傍にいたい。
そう願っているのは事実だが、果たしてそれだけで良いのか。
追ってくる軍から身を隠し、息を潜めて…これからも、そうやって生きていくのか。
己には…まだ、やるべきことがあるのではないか。
突如湧き出た焦燥感にも似た気持ちに胸が騒いで、泰明は思わず己のシャツの胸元を掴む。
気を落ち着けてから、立ち上がって振り向くと、バスルームの戸口に友雅がいた。
内心驚いたが、呼ぶ手間が省けた。
「友雅、湯を張ったから、先に使ってくれ」
そう言うと、友雅は苦笑混じりに軽く肩を竦めた。
「やれやれ、君は甲斐甲斐し過ぎるよ。気を遣い過ぎだ」
「お前は怪我をしているのだ。気を遣うのは当たり前だろう」
「掠り傷だよ?」
ほら、と包帯を巻かれた右腕を不自由なく上げてみせる。
「掠り傷でも怪我は怪我だ」
きっぱりとそう言って、泰明はバスルームから出て、友雅の背を押してバスルームに押し込む。
「まあ、せっかく君が私のために用意してくれたのだから、使わせて頂くけどね…」
泰明の強情さにまた苦笑しながら、友雅は素直に服を脱ぎ始めた。
「何かあったら呼んでくれ」
そう言って、バスルームの扉を閉めようとした泰明を友雅が呼び止める。
「泰明、君は?入らないの?」
「私は後で良い」
素っ気無いほどの口調で言葉を返すと、半分閉まり掛けた扉の向こう側で、友雅の瞳が悪戯っぽく煌いた。
「一緒に入った方が効率的だし、無駄がないよ」
「何を訳の分からないことを言って…っ!!」
反論する間もなく、伸ばされた友雅の腕に腰を捕らえられ、泰明はバスルームの中に引き摺り込まれた。
らぶシーン強制終了〜…嘘です、続きます(笑)。 友雅氏ついに登場、の割には、深刻な天真の街事情に影響されて、前半影が薄かったですが、 後半になってやっと本領発揮(?)です。 しかし、頼久には余裕で接していたのに、 天真にはさり気なくしっかりと予防線を張っておりますな〜〜(笑)。 何だかんだ言いつつ、理性的な頼久と比べて、 血気に逸り易い天真の若さを警戒してるんでしょうな、おそらく。 天真は天真で、一目惚れした天使(笑)の恋人であろう友雅氏を、 いけ好かない奴だと思っているようです。 それが顔に出てはいても、やっすんたちの為に率先して行動する辺りに、 彼の好青年振りを感じていただければ良いのですが…(笑) そんな男ふたりに挟まれたやっすんは、 自分を巡る微妙な雰囲気に露ほども気付かず(お約束)、別のことにお悩み中。 しかし、これはこれで深刻です。 え〜、次回はらぶシーンの続きです、これは確実(笑)。 それからの展開は…予告してもずれ込むことが多いので伏せておきますね(苦笑)。 top back