月影
今宵はいつになく静かな夜だ。
空に掛かる月が皓々と闇を照らしている所為だろうか。
そんなことを思いつつ、頼久が縁側で月を見上げていると、庭の方から静かな足音が近付いてきた。
泰明だ。
大きめのパジャマを着て、サンダルを履いた風呂上り姿である。
この家は風呂が離れにあるので、使うときは一度庭に出なければならないのだ。
泰明は何を言うともなく、見詰めている頼久の傍へやってくると、隣にすとんと腰を下ろす。
そして、先程頼久がしていたように、月を見上げた。
穏やかな沈黙。
頼久は今度は月の代わりに、泰明を見詰める。
柔らかな夜風にさらさらと靡く長い髪を、月光が洗っていく。
常よりも一層艶やかに輝く髪に縁取られた美貌も、一層白く仄かに輝いて見えた。
まるで、白い月の光にそのまま溶けて消えてしまいそうな。
ふと、そんな不安に駆られ、気付けば泰明の細い身体を引き寄せていた。
「どうしたのだ?」
淡々と問う声音に、僅かに驚きが滲んでいる。
「…いえ。寒くは御座いませんか?」
衝動的な行動であった為、頼久は応えにならない応えを返すしかない。
今にも、泰明が月に浚われてしまいそうに見えたからなどと、言えるわけが無い。
そんな頼久の心情には露ほども気付いていないのだろう、泰明は素っ気無く応える。
「いや。風呂上り故、むしろ暑いくらいだ」
「…申し訳ありません」
そう謝りつつも、頼久は抱き締める腕を解くことが出来なかった。
泰明もまた、無理に頼久の腕を振り解くことはしなかった。
抱き締めた華奢な身体は、湯の名残でいつもより温かい。
決して暑苦しくはない、心地良い温かさだった。
頼久はまだ僅かに水気を含んでいる洗い立ての真っ直ぐな髪に指を絡ませ、瞳を閉じた。
大丈夫だ。
泰明はここにいる。
ふいに、泰明が頼久の腕の中で身体を少し動かした。
どうしたのかと思って目を開くと、泰明は頼久が傍らに置いていた飲み掛けの冷茶が入ったグラスへ腕を伸ばしていた。
そこでやっと、頼久は自分の迂闊さに気付く。
「ああ、湯上りで喉が渇いてらっしゃいますよね。気付かず、申し訳ありません」
いつもはこのようなことはないのだが。
泰明を手離すのは名残惜しかったが、他ならぬ泰明の為である。
彼の分の冷茶を持ってこようと、頼久が腕を解き掛けると、
「これでいい」
泰明はそう言って、頼久の飲み掛けのグラスを自分の正面へと持っていきながら、もとの位置に収まった。
「貰っても良いか?」
「構いませんが…半分しかありませんよ」
「構わぬ」
「…氷も殆ど溶けてしまっていますし」
「これでも充分冷たい」
応えて泰明は、グラスに残った冷茶をこくりと飲む。
何となく照れくさい気分になって見詰めていると、
視線に気付いた泰明が、頼久の胸元に小さな頭を押し付けるようにして上目遣いに頼久を見上げた。
「やはり、頼久はこれが全部欲しかったのか?」
ならばそう言えば良かったのに、とグラスを手に、僅かに柳眉を曇らせる表情は、幼いこどものようだ。
予想外の問い掛けに、頼久は思わず笑ってしまう。
「頼久?」
「いえ、そうではありません。どうぞお気になさらず」
「そうか?」
そこで、やっと笑いを収めた頼久は、微笑んだまま囁くように言葉を継ぐ。
「今、欲しいものは別にあります」
「それは何だ?」
応えの代わりに、無邪気な問いを重ねる唇をそっと塞ぐ。
月光を纏ろわせた風に遊ぶ泰明の髪が、彼を抱き締める頼久の腕を撫で、花のような香りで頼久を包み込む。
泰明はここにいる。
それらに夢見るような心地にさせられながら、頼久は泰明を抱き締める腕に力を篭め、口付けを深めていった。
2006年ぷち七葉制覇其の一は、よりやすです。 タイトルの「月影」とは「月光」のこと。 だったら、素直に「月光」というタイトルにすりゃいいのにね(笑)。 しかし、「影」と言うことで「光」を指す言葉にロマン(?)を感じたので、こっちを使いました。 光と影は表裏一体。光があるからこそ影もある。「君は光、僕は影」(byベルばら)←意味不明… …話を戻しまして。 横恋慕ではない(笑)よりやすらぶらぶを書いたのは久し振りなので、何だか新鮮でした。 そして、何だか気恥ずかしい…(笑) しかし、結構よりやすは書いてる筈なのに、 どうやら今回が初めてのちゅうお披露目(?)みたいですよ!!うわぉ♪←何このアホなコメント…(苦笑) やっすんの可愛さ、美しさについては言わずもがななので、敢えてここでは語りません(笑)。 ちなみに、この小話、他カップリングの話とは全く関連のない話ですが(当たり前)、 現代版よりやすの話に限り、繋がっていると考えていただいても差し支えありません。というか、設定は同じです(笑)。 これから書く話も殆どそうなりそうです(設定使い回し大王)。 もちろん、独立した話と捉えていただいても全く支障は御座いませんが。 お次はてんやすです。 今年は、下手に凝る(?)ことはせずに、そのまま順番に書いていくことにします(笑)。 戻る