白鳥
さやさや。
さやさや。
薄の群れが風に揺れて、乾いた涼しい音を立てている。
秋の音だ。
その秋の音に流れる髪を梳かせながら、薄の群れの只中に、泰明が佇んでいる。
腰の辺りまである薄を掻き分けながら詩紋が近付いていくと、振り向いて淡く微笑む。
薄暮の中に、その美しい笑みが溶け入りそうだった。
「何をしてるんですか?」
「…音を聴いている」
「ああ、秋の音ですね」
微笑んでそう言うと、泰明は心なしか嬉しそうにこくんと頷く。
そして、華奢な首を僅かに傾げて、再び秋風の奏でる音に聴き入るように瞳を閉じる。
その無垢な様子に微笑み、京で月日を過ごすうちに大分伸びた髪が風に乱れるのを片手で抑えながら、
詩紋も秋の音に耳を傾ける。
こうしていると、背が同じくらいなので、髪を結い上げて露になった泰明の項がよく見える。
薄紅に染まる夕空を背景にしている為か、いつもより一層白く見え、すんなりとした美しさが強調されている。
何となく落ち着かなくなって、そこから目を逸らしたいような気分になる。
それでも、結局目を逸らすことができずに見詰めていて、ふと思う。
(白鳥…みたいだ)
すんなりと長い首が美しく優雅な白い鳥。
この京では鶴と例えた方が相応しいかもしれないけれど。
どうして、白鳥なのだろうと考えて、ふいに童話の『みにくいアヒルの子』を思い出した。
周りから「醜い」と散々いじめられたが、最後は美しい白鳥になった「みにくいアヒルの子」。
そう言えば、「みにくいアヒルの子」の境遇は、何処か泰明に似通うような気がする。
顔に施された呪いの痣の為に、気味が悪いと周囲から疎んじられていた泰明も、
凍り付かせていた心が動き出し、呪いが消えたことで、美しくなった。
今では、泰明に憧れこそすれ、気味が悪いと疎んじる者などいない。
尤も、詩紋にとっては、初めて出会った頃の泰明も、呪いの痣に関係なく綺麗だったと断言できる。
それが、呪いが消えたことで一層綺麗になり、詩紋以外の人間の目にも止まるようになった…それだけだ。
泰明が周囲の人々から好意を向けられるようになったことは、良かったと思う。
それで、泰明がよりこの世界に馴染み、幸せになれるのなら。
しかし、あまりにも綺麗で無垢な泰明を見ていると、ときどき、不安になる。
この京は、或いは自分の傍は、本来泰明の居るべき場所ではないのかもしれないと。
いつか相応しい場所へと去っていってしまうのではないかと。
気付けば、その場に繋ぎ止めるかのように、泰明の手を握っていた。
「詩紋?どうしたのだ?」
振り向いた泰明が少し目を瞠って、細い首を反対側に傾げた。
何でもないと首を振って、詩紋は微笑む。
しかし、繋いだ手は離さない。
離したくない。
本当に、自分勝手だとは思うけれど。
沸き起こる静かな、しかし、強い衝動に突き動かされて、詩紋は泰明の滑らかな頬に頬を寄せた。
さやさや。
さやさや。
秋の音がする。
この手に触れる白鳥が、羽を広げて空に飛び立ってしまわぬように。
祈りを込めて、口付けた。
ぷち七葉制覇其の四は、これまた一年振りな(笑)しやすです。 今回のタイトルは「はくちょう」と読まず、敢えて「しらとり」と読みましょう(また、ひねる/苦笑)。 話はしやす京残留ラブラブエンディングの数年後な雰囲気で。 きっと、この詩紋のビジュアルは彰紋のようになっているに違いない(笑)。 …さて、ここまで来ると、今年のテーマ…というか、コンセプトがだんだん見えてきたんじゃないでしょうかね? 問題はこれを最後まで貫けるかということですよ!(笑) 戻る