彩氷

 

「さみー…」

外から流れ込む冷気に目が覚めた。

つくづくこの世界の建物は冬向きではない。

肘を突いて起き上がり、無造作に髪を掻き回す。

「人間湯たんぽは何処行った…?」

熱過ぎない体温は、抱いて寝ると心地良い。

何より、ささやかな鼓動と息遣いを確かめられることに安堵に近い安らぎを覚えるのだ。

起き上がり、御簾を跳ね上げる。

と、

「お、泰明」

すぐそこに探そうと思っていた姿があった。

この冬の早朝に薄い単衣姿で簀子に座り込み、熱心に目の前の景色に見入っている。

前日から降り続いた雪で白く染められた庭。

そこに、差し込む朝の光にちらちらと煌めく細かい粒が舞っている。

「…ダイヤモンドダストか?いや、違うか」

思わず呟くと、細い肩がぴくりと震え、翠色の小さな頭が振り向いた。

「だいやもん…?」

「ダイヤモンドダスト」

「この現象は、だいやもんどだすと…と言うのか?」

「いや、違うと思うけど。多分、似たようなもんだろう」

「初めて見た…」

呟くように言いながら、泰明は視線を戻す。

銀粉を撒き散らしたかのような情景は確かに綺麗で、泰明が眼を離せないでいるのも良く分かる。

しかし、いかんせんここは寒過ぎる。

そこで泰明のすぐ後ろに腰を下ろし、目の前の細い身体へ手を伸ばす。

「!?…天真ッ…」

驚き、戸惑う声には構わず、脇の下に手を入れ、身体を持ち上げるように引き寄せて、胡坐をかいた足の上に座らせた。

「ほら、やっぱり冷えちまってる」

更に身体を抱き寄せながら、羽織ってきた大きな袿を拡げ、共に包まった。

ここに至って、やっと己の寒さに気付いたのだろうか、安堵したように、泰明が小さな息を吐いた。

「こうすれば少しは寒くないだろ」

小さな頭が頷き、振り返る。

「有難う、天真」

陽を受けて色とりどりに煌めく氷の粒が翠色の髪を飾っている。

その様が一際眩しく感じられて、思わず目を細めた。

「よそ見してると、消えちまうぞ」

無造作に庭を指し示してやると、泰明は慌てたように視線を元に戻す。

 

ふたり、暫し無言で目前の光景を眺める。

やがて、幻想的な光景は陽の光が増すとともに、吹き払われるように消え去っていった。

「消えてしまった…」

何処か名残惜しげに泰明が呟く。

やがて、振り向いた泰明は無邪気なこどものように瞳を輝かせていた。

「あれほど美しい現象があるとは今まで知らなかった」

微かに頬を上気させて言う姿に、思わず笑みが零れる。

泰明は出逢った頃から変わらない。

いや、感情が表に出やすくなった分、出逢った頃より可愛くなった。

綺麗になった。

あまりに綺麗過ぎて、不安を覚えるほどに。

また、こどものように無垢な表情の内に、色めいた風情を無意識に漂わせるのが、なんとも性質が悪いのだ。

「ここにさっきの景色が残ってる」

「?」

光を受けて煌めく瞳。

この瞳が今見るのとは違う艶を纏って煌めくときを知っている。

そのときのことを思うと堪らない心地となり、泰明の薄紅色に染まる目元に口付けて、そのまま抱き上げながら、立ち上がる。

羽織っていた袿がはらりと床に落ちた。

「天真!」

「庭見物は終わりだ。そろそろ部屋に戻って、もっと身体をあっためないとな」

不意打ちに驚く泰明と目線を合わせ、快活に笑って見せる。

「さっきの景色も綺麗だったけどな…俺としてはもっと綺麗なのを見たい」

「そのようなものがあるのか?部屋の中で見られるのか?」

俄かに興味を示して訊ねてくる泰明の目尻にもう一度、口付ける。

「残念。お前は見ることは出来ねえよ。俺だけの特権だ…まだ、起きるまでには時間があるだろ?」

腕の中で、泰明は暫し、不思議そうに大きな瞳を瞬かせていたが、やがてその白い頬が瞬く間に染まった。

伝わったらしい。

恥じらう顔も可愛くて思わず声を上げて笑うと、拳にした白い手が胸元を叩いた。

その軽い衝撃すら、今は甘い。

今も尚、いや、一層強まっていく想いを噛み締めながら、抱き締める。

 

綺麗で儚くて、焦がれるほどに愛おしい。

煌めく光のような存在を失わぬように。

 



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