瑠璃
鮮やかに青いドレスの裾が蝶のように翻る。
白い肌との対比が美しい。
ドレスの絹の光沢にも勝るとも劣らない翡翠色の髪の滑らかな煌めき。
すんなりと伸びた白い首筋。
目を奪われてひたすら見惚れていると、翡翠と黄玉の稀な色違いの瞳が瞬き、華奢な首が傾げられた。
「鷹通?」
低いのに不思議と澄んだ声音で呼び掛けられ、我に返る。
「身体具合が悪いのか?」
「いいえ」
気掛かりそうにこちらを見詰める泰明を安心させるように微笑む。
「見惚れていました…貴方があまりにも美しいので」
「そうだろうか?」
「ええ」
「お前の目的は果たされようか?」
「はい。充分過ぎるほどです」
「ならば良かった」
手を差し出すと、泰明は一瞬戸惑うような素振りを見せた後、おとなしく白い手を載せた。
鷹通に誘われ、常よりゆっくりとした足取りで歩み出す。
薄化粧を施した美しい顔がほんの微かに顰められた。
「大丈夫ですか?」
「問題ない。慣れぬゆえ、耳飾りが少々痛むだけだ」
髪を高い位置で結い上げ、露わになった耳に、大振りの耳飾りが煌めいている。
それが薄い泰明の耳朶には、少々重過ぎるようだ。
「用事を済ませたら、すぐに失礼しましょう」
今夜は、鷹通が通う大学の研究会絡みの社交パーティーだ。
いつもなら、体よく断るのだが、恩師である教授主催の為、今回ばかりは難しかったのである。
そんなパーティーに限って、パートナー同伴必須とあって、困り果ててしまった。
同じ研究会の女学生が幾人か、同行を申し出てくれたが、今回だけ頼むのも申し訳ない。
それならばいっそ、と泰明を誘ったのである。
鷹通の助けになるなら、と、身動きの制限されるドレスを敢えて身に着けてくれた泰明は、予想以上の淑女振りだった。
華麗で、凛とした立ち居振る舞いが高貴な気品すら漂わせている。
会場で知り合いに会う度、何処の令嬢かと訊ねられるほど。
話し掛けられても、泰明は声を発することなく、やんわりと唇に笑みを浮かべ、鷹通の傍らに佇んでいる。
稀有な一輪咲きの花のように。
泰明の様子に気を配りながら、声を掛けてくる人々との会話を如才なくこなしていると、
ふと、泰明が先程と同じように僅かに眉根を寄せた。
「痛みますか?」
そっと声を掛けると、泰明は大丈夫だというように首を振って見せる。
鷹通はそれとなく会場の様子を窺った。
宴も酣だが、知り合いへの挨拶はほぼ済ませている。
「こちらへ」
話し掛けてくる人々が途切れたのを見計らって、泰明を伴い、会場を出る。
広い玄関ホールの隅、大きな柱の陰へと泰明を導いた。
「どうした?」
怪訝そうに細い首を傾げる泰明の耳へとそっと触れる。
「…ッ!」
「すみません。少し我慢してください…」
痛みに小さく肩を竦める泰明に宥めるように声を掛け、慎重に耳飾りを外す。
両方の耳飾りが取り外されると、泰明は思わず、と言ったように、小さく息を吐いた。
「ああ、やはり少し赤くなっていますね」
白い花弁のように薄い泰明の耳朶。
それが仄かに色付いているのが、清らかに艶めかしい。
「有難う、鷹通。楽になった。しかし…外してしまって良かったのか?…ッ?!」
気付けば薄紅の花弁を口に含んでいた。
泰明が小さな驚きの声を上げる。
細い身体が強張り、次いで瞬く間に力が抜ける。
花が手折られるように、くたりと胸元に寄り掛かる華奢な身体。
「鷹通?」
見上げてくる、常とは少し印象が違う美貌。
高貴な一輪咲きの花。
それが僅かに薄紅に染まり、この腕の中に捉えられている。
そう意識した瞬間、誤魔化しようのない衝動が背筋を這い登るのを感じた。
それをどうにか抑え、鷹通は泰明を支える腕に力を込める。
「今夜はこのまま失礼しましょう」
「このまま…問題ないのか?」
「ええ」
まだ、滑らかな頬を染めたままの泰明は、鷹通の応えにほっと安堵の息を吐いた。
「良かった」
「御苦労様でした、泰明殿。助かりました、有難う御座います」
「問題ない」
「これからも…宜しくお願いします」
「?勿論だ。問題ない。私にできることなら何でもする」
次の機会が今夜中に訪れるだろうことには気付かず、泰明は無邪気に頷く。
ようやく身を起こした泰明を支えるように導きながら、鷹通はゆっくりと歩き出す。
一刻も早く、この花を愛でたいと逸る気持ちを気恥ずかしく、同時に何処か心地良く感じながら。
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