待ち合わせ

 

今日は泰明と外で待ち合わせをした。

ところが、道場の稽古時間が思いの他長引いた為に、約束の時間に遅れそうで、頼久は焦っていた。

いつもなら、待ち合わせ場所に早めに付いて泰明を待つのだが、今日ばかりはそれは無理そうだ。

なるべく泰明を待たせることのないよう、ひたすら急ぐ。

だが、足が急いてしまう理由は別にもある。

 

早く彼に会いたい。

彼の花のような笑顔を見たい。

華奢で柔らかな身体に触れたい。

 

たった半日しか離れていないというのに、もうこれだ。

同じ家で共に暮らし、毎日のように顔を合わせ、触れ合っていても、彼とは片時も離れていたくないと思ってしまう。

頼久は知らず苦笑を零す。

 

泰明と出会うまで、自分がこんなに我儘だとは知らなかった。

 

日暮れを迎えて、徐々に賑やかになってくる繁華街の表通り。

ゆったりと歩む人々の間をすり抜けながら、頼久はちらりと腕にした時計を見た。

 

 

待ち合わせ時間まであと五分。

 

 

時間を確認して、泰明は満足そうにちょっと頷く。

今日は、時間どおりに待ち合わせ場所に着くことが出来そうだ。

出席した学会が長引かなくて、助かった。

頼久はもう待ち合わせ場所に辿り着いているだろうか。

仕事は相変わらずきついが、頼久に笑顔で迎えられ、優しく抱き締められるだけで、心も身体も癒される。

自然に心が浮き立ち、歩む足が急いてしまう。

 

早く彼に会いたい。

 

泰明は知らず、仄かで柔らかな笑みを唇に浮かべていた。

 

頼久と出会って、自分はこんなに温かくて安らいだ気持ちを憶えた。

 

待ち合わせ場所にした駅前の時計塔の先が、茜色の空を背景に、街路樹のほの暗い緑の合間から見えてくる。

そちらに向かってひたすら足を進めていくと…

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

目の前に見知らぬ男が立った。

「?」

泰明は面喰って大きな瞳を瞬いた。

 

 

待ち合わせ時間まであと一分。

 

 

ぎりぎり時間に間に合った。

灯りの燈った時計塔の下で、頼久はほっと一息つく。

泰明はまだ来ていないようだ。

頼久は何気なく、街灯の燈り始めた通りを見回す。

 

すると、左手の通りの奥に、恋人の姿が目に入った。

どんな多くの人の中でも紛れることのない美しい後ろ姿。

街灯の灯りに翡翠色の髪が煌きながら揺れている。

こちらに向かおうとする彼を引き止めるのは、黒っぽいスーツを纏った一人の男。

あの無礼者は、泰明に何をしようというのだ。

むっとした頼久はすぐさま、彼らの元へと向かった。

 

 

「実は私はこういう者でして」

名刺を差し出して、男はモデル事務所のスカウトマンなのだと名乗った。

かなり有名なモデル事務所なのだが、そういうことに興味がない泰明には分からなかった。

「貴方のように透明な美しさを持ったひとには初めて出会いました。

実は、当事務所ではさるファッション誌と組んで新企画を進めているのですが、そのモデルのイメージに貴方はぴったりだ」

「待て」

男の話を泰明は途中で遮る。

しかし、男は何を思ったものか、話を止めるどころか更に言い募った。

「突然のお話で驚かれるのも無理はありません。しかし、貴方には是非その企画のモデルになって頂きたい。

一度、事務所のほうでもお話を聞いて頂きたいのですが」

「すまないが、時間がないのだ」

泰明は男の言葉を再び遮る。

男の話の内容は良く分からなかったので、殆ど聞いていなかった。

ただ、これ以上この男に関わっていては、せっかくの頼久との約束の時間に遅れてしまう。

「そのようなことを仰らず…」

すり抜けようとすると、男が立ち塞がる。

流石に、少し鬱陶しくなって、泰明は柳眉を僅かに顰めた。

どくように口を開きかけると、

「あいたたたっ!!」

男が突然悲鳴を上げ、それに驚く間もなく、気迫の篭った低い声が響いた。

「私の連れに妙な手出しは止めてもらおう」

「頼久」

 

 

待ち合わせ時間ちょうど。

 

 

「泰明殿っ、御無事ですか?」

後ろから男の腕を捻り上げていた頼久は、泰明に名を呼ばれた途端、慌てたような声で問う。

「私は何もされていない故、問題ない。頼久、その男を離してやってくれ」

揺るぎのない口調に頼久はほっとしたように息をつき、言われたとおり男を突き飛ばすように離すと、

泰明に手を差し伸べた。

その手に泰明が素直に華奢な手を乗せると、細い身体を引き寄せ、その肩を抱く。

「本当に大丈夫…なようですね」

間近で泰明の美貌を眺め、頼久はようやく心から安堵した。

しかし…

「この男は何者なのです?泰明殿はご存知なのですか?」

彼にしては珍しく不機嫌も露わに問う頼久に戸惑ったように、泰明は睫長い瞳を瞬かせる。

「知らぬ。しかし、この男は自分を「すかうとまん」だと言っていた」

「…スカウトマン?」

「…あいたた、まだ腕が痺れてますよ。随分と悋気持ちの旦那さまだ」

頼久が面喰って問い直すと、突き飛ばされた男が捻られた腕を擦りながら口を挟んだ。

「しかし、誤解されるような行動をとった私も悪いんでしょう」

少し肩を竦めてそう言って、男は頼久にも名刺を差し出す。

「改めて確認いたしますが、貴方は本当にこの方の旦那さまか何かで?」

「えっ、いや…」

改めて泰明との関係を問われて、今更応えを逡巡する頼久を余所に、腕の中の泰明が、

「頼久は頼久だ。一緒に暮らしている」

と、躊躇いなく応えた。

「そうですか。それでは、こちらの方にもお話をした方が良さそうですね」

そう言って、男は泰明にした話をもう一度、頼久にも聞かせた。

頼久にもこの男が勤めているモデル事務所が有名なのかどうかは分からなかったが、

泰明をモデルに使いたいという熱意は理解できた。

何しろ、泰明の麗姿は寝食を共にする頼久でさえもが、毎日見惚れるほどなのだ。

そんな彼を是非モデルに、と求められるのも無理はないと思う。

しかし……

「申し訳ありませんが、そのお話はお受けできません。泰明殿はお忙しいお仕事に就いていらっしゃいます。

その上で、モデル業にも時間を割くことは難しいと思いますので」

言ってしまってから、己の出過ぎた発言に頼久は内心で恥じ入る。

黙ってしまった頼久を一度見て、男は泰明に問い掛けた。

「今、携わられているお仕事は、貴方にとって、辞めることなど考えられない大事なお仕事なのですか?」

「そうだ。天職だと思っている。辞めるつもりなどない」

泰明のきっぱりとした応えを聞いて、男は溜息をついた。

「仕方がありません。この度の企画はモデルに多くの時間を割かせるものです。今回は諦めましょう。

しかし、せっかく理想的なモデルに出会えたのに、完全に諦めてしまうことは出来ません。

モデルをそれほど拘束しない仕事もあるので、その際は是非」

「難しいとだけ応えておきましょう」

素っ気無く言い放つと、頼久は泰明の華奢な肩を僅かに抱き寄せ、優しく歩くよう促す。

「貴方もなかなか素敵な男性だ。お二人でモデルと言うのも悪くないと思いますよ」

にこやかにそう言った男を一瞥しただけで、頼久は泰明と共に通りを歩き始めた。

男は追って来なかった。

 

 

待ち合わせ時間から十分。

 

 

「頼久」

「…はい」

黙々と歩む傍らの男から、何処か尖った気が感じられた。

居心地が悪くなって名を呼ぶと、固い返事が返ってきた。

「怒っているのか?」

「…いいえ」

訊ねてみると、頼久は問いを否定して立ち止まった。

「申し訳ありません、泰明殿」

「?何故謝る?」

「モデルをやるかどうかは泰明殿が判断されることであって、私が口出しすべきことではないのに、

勝手に断ってしまいました」

「問題ない。私も初めから断るつもりだったのだ」

「しかし…!」

言い掛けて、頼久は口を噤む。

あの男には泰明の仕事を引き合いに出して断った。

もちろん、泰明が断る理由も同じだろう。

しかし、頼久が断った真の理由は別にあるのだ。

 

泰明がモデルになったら、今よりもっと多くの人々が彼のことを知るようになる。

きっと多くの人が彼の美貌に心奪われることだろう。

現に今でさえ、通りを過ぎる人がちらちらと興味深げに泰明と頼久の姿を眺めている。

それはいい。

自慢の恋人が称えられるのは頼久にとっては誇らしいことなのだから。

しかし、その分、泰明は今よりもっと多くの人々と関わるようになる。

身も心も綺麗な泰明に接して、彼に心惹かれる人間が現れるのは必定だ。

現に彼が今働く職場でも、彼に想いを寄せている者が、複数いることを頼久は知っている。

もちろん、自分を慕ってくれる泰明の気持ちを疑う訳ではない。

しかし、これ以上、恋敵が増えるのは我慢ならないのだ。

 

自分のあまりの狭量さに、頼久は知らず溜息をついた。

再び、黙り込んでしまった頼久の様子に、泰明は首を傾げる。

しかし、頼久は嘘をつかない。

彼が怒ってないと言うのなら、怒っていないのだろう。

 

「頼久」

 

軽い自己嫌悪に陥っていた頼久が、澄んだ声にはっと我に返ると、間近で己を見上げる泰明の大きな瞳と出会った。

「頼久。時間どおりだ」

「は?」

突飛な言葉に、ちょっと怪訝そうな表情を見せた頼久に、泰明は無邪気に微笑んだ。

「色々とあったが、今日は時間どおりに頼久と会うことが出来た」

やっと、納得して頼久は泰明に微笑み返した。

「あ、ああ…そうですね」

「私はいつものように頼久を待たせただろうか」

「いいえ。時間どおりでした」

「そうか」

泰明はもう一度にっこりとした。

「良かった。すぐに頼久と会うことが出来て嬉しい」

「…泰明殿」

 

外で待ち合わせをして、時間どおりにすれ違うことなく(トラブルはあったが)、会うことが出来た。

 

そんな些細なことにも、幸せそうに微笑む泰明の美しさに、頼久は心打たれる。

そして、そんな彼が傍らにいる幸せを改めて噛み締める。

頼久はそっと傍らの華奢な手を握り締めた。

泰明は無邪気にその手を握り返す。

「頼久。今日は何処で夕餉を摂るのだ?」

「そうですね…新しく見付けた店があるのですが、そこで宜しいでしょうか?」

「問題ない。頼久と一緒なら何処でも嬉しい」

「では、参りましょう」

 

そうして、互いの手を握ったまま歩き出す。

 

もう、こちらを見遣る羨ましげな視線も、泰明の美貌に見惚れる視線も気にならない。

彼の傍近くにいられるのは、自分だけの特権だ。

 

「泰明殿」

「何だ?」

「貴方は私を幾ら待たせても良いのですよ」

「?何故だ?」

「貴方だけの特権です」

「??良く分からない」

細い首を傾げる泰明の無垢な様子に目を細め、頼久は笑みだけを返す。

 

それは、愛し合う者同士の特権。

 



いつも、お世話になりまくっている『天衝星』のまお様に身勝手に捧げさせて頂きました、よりやすです!
頂きましたリクエストは、「ほのぼの夫婦の会話」でした♪
……ギリギリ、リクを満たしているのではないかと思うのですが〜(汗)。
よりやすって、二人とも無口なので、あんまり会話しなさそうなイメージがあったので(笑)、
会話に持っていけるよう、ちょっとした事件を起こしてみました♪
まあ、リクからずれていくのは毎度のことなので、御了承頂けると願ってます。←甘過ぎる認識。
頼久、「待つ男」になることを自ら了承しちゃってますね〜…
待ったり、待たせたりすることが「愛し合う者同士の特権」って……(笑)
やっすんを待つその姿はまさに忠犬○チ公の如く……
頼公は、仕える(??)姫君をいつまでも待つのです♪
序でに、姫にちょっかい掛ける男には問答無用に噛み付きます!(喧嘩売ってる?)
そして、どんなときでも姫君への賛美を忘れない。←それは作者だという話も。
そんな頼久を待たせないよう頑張るやっすんは可愛いね、うふっ♪(毎度こんなこと言って、ホントにすみません…/汗)
ちなみにこのお話は、やっすんがお医者さま、頼久は剣道の師範で、頼久の開く道場に隣接する日本家屋にて、
ふたり同棲(?)生活をしているという当サイトの現代版よりやすミニ設定を引き継いでおります…
(単に色々な設定を考えるのが苦手なだけ…/冷汗)

まお様、こんな駄作を押し付けてしまい申し訳ありません!(焦)
本人だけが面白がって書きました!!(死)
更には、一足早くお届けするところを、サーバートラブルの所為で上手くお届けできず、
却って御迷惑をお掛けしてしまって…うっうっうっ…(涙涙)
お手数をお掛けした割には、大したことなくて申し訳ないです、ホントに(ひたすら謝罪)。
お気に召さない場合はごみ箱行きで結構ですので〜っ!!(焦)
しかし、ほんの少しでも、感謝の気持ちがお伝えできれば!!と願っています。
まお様、本当にいつもお世話になっております、有難う御座います!!(平伏)

最後まで御覧になってくださった方も、申し訳ありません!+有難う御座いましたっ!!
今後ともお見捨てなきようお願い申し上げますっ!


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