降花

 

いつの間にか、大分暑くなってきた。

空の明るい眩しさに目を細め、天真は再び歩き出す。

四方の札探しも終盤となり、鬼と決着を付けるのも間近だ。

 

勝ってみせる。

必ず。

 

天真は知らず、己の拳を握り締める。

 

そして、鬼の下にいる妹を取り戻すのだ。

それから…

脳裏をふと過ぎる面影に、天真は立ち止まる。

 

この戦いが終わったら。

妹を取り戻したら。

 

自分は元の世界に帰る。

 

そう決めていた筈だった。

しかし、元の世界に帰ること、それは言うまでもなく、この世界と完全に決別することだ。

この世界で親しくなった仲間たちと別れるということ。

そして……

 

ふいに通り過ぎる風が、道の両脇に茂る木々を揺らした。

その風に煽られて、木々に咲き乱れる黄色い夏花が頭上に降り注いでくる。

思わず顔を上げると、少し離れた木の下に、ひとがいるのに気付いた。

降り注ぐ花の雨の中に佇む、ほっそりとした姿。

そのひとが顔を上げ、こちらを見る。

唇が動いて、名を呼んだ。

「天真」

…と。

 

待ち合わせをしていた訳ではない。

しかし、まるで引き合うように同じ場所にいる自分たちが、無性に照れ臭く、同時に嬉しかった。

「よお、泰明」

近付いていって声を掛けると、泰明がこくんと返事代わりに頷く。

「どうした、こんなところで」

「仕事の帰りだ」

「全く…こんな時まで八葉以外の仕事かよ。ま、お前らしいけどな」

言って肩を竦める天真を、泰明は真っ直ぐに見詰める。

「天真はどうしたのだ?」

そうして、天真を見詰めたまま、少し怪訝そうに首を傾げる。

澄み切った翡翠と琥珀の瞳。

その瞳の中には今、少し躊躇っているような天真自身の顔が映っていた。

 

この透明な眼差しには適わない。

多分、それは初めて出会ったときから。

 

天真は軽く苦笑しながら、手を伸ばし、泰明の白い頬に触れた。

呪いの消えた見惚れるほど綺麗な顔。

「お前のことを考えてた」

「私の?」

天真が正直な気持ちを口にすると、泰明が不思議そうに大きな瞳を瞬かせる。

その度に、瞳を縁取る長い翡翠色の睫毛が優雅に揺れる。

しかし、それでも尚、澄んだ瞳には、ただ天真に対する信頼だけがあった。

口に出して言うことはない。

それでも、その仕種、声音全てから、泰明が自分を慕ってくれているのが伝わってくる。

胸に温かいものがこみ上げる。

 

木漏れ日を映して泡立つように煌く泰明の瞳が、眩しいほど綺麗だった。

 

その瞳に見惚れながら、天真はそっと身を屈めた。

「天真?」

唇が触れる間際、不思議そうに瞠られた透明な瞳に映る自分の顔が驚くほど優しい笑みを浮かべているのに、

更に笑みを深めながら、天真は目を閉じる。

風が再び吹いて、ふたりの頭上に夏花の雨が降ってくる。

 

祝福するかのように。

 

天真が泰明を連れて自分の世界に帰るのは、それから数日後のことである。


ぷち七葉制覇其の二は、てんやすです。 何だか、てんやすは爽やかカップルにしたい感じ… そして、京版のてんやすって、あまり書いてないよね…という訳でこんなお話に。 ライスシャワーならぬ、フラワーシャワーに祝福されて、天真はやっすんをお嫁さんとしてお持ち帰りです♪(笑) やっすんは、好きなひとに対して、言葉にしない代わりに、 眼差しや態度等全身で「好き好き♪」と言ってるようなイメージがあります。 …て言うか、そんなやっすんが可愛いと思う♪♪(笑) そんな風に慕われた男(え?/笑)は、堪んないだろうよ…なあ!!←誰に言ってんの?(笑) 戻る