花飾り

 

 通り掛かった野辺に咲く花が、ひときわ目を引いた。

 名も知らぬ白く小さな花。

 しかし、その花が野辺の片隅にたくさん咲き群れている様が美しくて、永泉は思わず立ち止まった。

(泰明殿に差し上げよう)

 ふと、そう思い立ち、小花を摘む。

 泰明が白い手で小花を携えている姿を思い浮かべると、つい心が弾んでしまう。

 きっと良く似合う。

(泰明殿は受け取ってくださるだろうか?)

 期待半分、不安半分で、永泉は片手で束ね持つことが出来る量の花を携え、

泰明が訪れているだろうの土御門の邸へ向かう。

 

「泰明殿!」

 ちょうど中門の辺りで、泰明のすらりとした姿を見付け、永泉は細い背中に声を掛ける。

「永泉か」

 呼び掛けに振り返った泰明は、永泉の姿を認めると、足を止め、永泉に向き直った。

「何か用か」

 澄んだ色違いの瞳に真っ直ぐ見詰められ、それだけで永泉は、どぎまぎしてしまう。

「あ、あの、先ほど美しい花を見掛けまして…泰明殿にお見せしたいと思って持ってきたのです」

「花…?」

 泰明がすんなりとした首を傾げて、永泉の手の中にある花束を見る。

 それから、微かに唇を綻ばせた。

「美しいな」

 淡いながらも、それこそ花そのもののような笑みが咲く。

 頬が熱くなるのを自覚しながら、永泉は思い切って花束を差し出す。

「泰明殿。あの…ご迷惑でなければ、この花を受け取って下さいませんか?」

「私が?良いのか?」

「はい!」

 長い睫に縁取られた瞳を瞬く泰明の問いに、永泉は大きな頷きを返す。

 良いも何も、泰明の為に摘んできた花なのだ。

 泰明は首を傾げたまま、何事かを考える素振りを見せた後、再び永泉に問う。

「神子には渡さずとも良いのか?」

「えっ、神子に?」

「女の多くは花が好きだと聞く。その花を神子にも渡せば、喜ぶのではないか?」

「あっ、そうですね!では、この花束の半分ほどは神子に……」

 常ならば忘れない気遣いを失念していたのを、泰明によって指摘された永泉は、慌てて手にした花束を半分に分ける。

 どれだけ泰明のことしか考えていなかったかが自覚される。

 自省しつつ、改めて花束を差し出すと、白い手がそれを受け取った。

(ああ…受け取ってくださった…!)

 それだけで、永泉は、天にも昇る心地となってしまう。

「有難う、永泉」

 泰明はそう言って、香りを確かめるように小さな花束を、柔らかそうな唇に寄せる。

 想像した通り、いや、それ以上に、花を携える泰明の何と清らかに美しいことか。

 永泉は再び思い切って、口を開く。

「…あ、あの、泰明殿。その花は野辺に咲き群れている様も、大変風情があったのです。

宜しければ、今度、是非そちらにもご案内を…」

「おや、こんなところに、可憐な花精がおられる」

 永泉の決死の誘いの言葉を遮るように、聞き覚えのある艶やかな男の声が割って入った。

 割って入ったのは声だけではない。

横から伸ばされた大きく優雅な手が、泰明の手にある花束から、花を数本抜き取る。

「こうすると、一層可憐になるね」

 甘く囁くような言葉と共に、抜き取った花を、泰明の右耳の上で結い上げている髪に、簪のように挿した。

「あ…」

「友雅か」

 永泉が失望の滲んだ声を漏らし、泰明は、傍らに佇んだ手の主を見て、淡々とその名を呼んだ。

 女性ならば瞬く間に頬染めるだろう台詞も、泰明には耳脇を通り過ぎる微風の如く何の効果も齎さなかったらしい。

 しかし、その反応には慣れているのだろう、相手は一向めげることなく、泰明に、にっこりと微笑んだ。

「やあ。こんにちは、泰明殿。たまにはここを訪れてみるものだ。これほど可憐な花に出会えるのならね」

「花?この花のことか」

 泰明は華奢な首を傾げ、ふと思い付いたように、手にした花束を捧げ持ちながら問い掛ける。

「そう言えば、お前も花が好きだと以前言っていたな。この花が気に入ったのか?」

「おや、私の好みを覚えていてくれたとは嬉しい。そうだね…確かに、その小さな花束も可憐で目を引かれるが、

私としては、更に可憐で、また、凛とした風情もある一輪の花の方に、より心惹かれるね…」

「?この花の他に、花があるのか?」

「そう。この私のすぐ傍にね」

 微笑んだ友雅は、怪訝そうに周囲を見渡す泰明の細い腰をそっと抱き寄せようとする。

 しかし、

「友雅殿…!」

永泉の静かだが、何ともいえない気迫を籠めた呼び掛けに、泰明を抱き寄せようとした手を止める。

「おや、永泉様。いらしていたのですね」

「…ええ、先ほどからずっとおりました」

 さも、たった今、永泉の存在に気が付いたと言わんばかりの白々しい友雅の口調に、永泉は内心歯噛みしつつ応える。

 友雅は最初から気付いていて、頃合いを見計らって邪魔に入ったのに違いないのだ。

「それは大変失礼いたしました。つい、可憐な花に目を奪われておりまして…」

 表向きだけは丁重に無礼を謝した後、友雅は止めていた手を伸ばし、花で飾った泰明の翡翠色の髪に触れる。

「ところで、泰明殿。今宵はお暇かな?」

「今のところ、仕事の予定は無いが」

 辺りを見回しても、友雅の言う「花」が見付からず、泰明は首を傾げたままだったが、友雅の問いに律儀に応える。

「それは良かった。ならば、私にお付き合い頂けないかな?この空模様ならば、今宵は晴れた月夜になるだろう。

叶うなら、君とふたり、酒でも酌み交わしながら、その月を愉しみたいのだが…」

「月見か」

「そう。この私のささやかな願い、どうか叶えてはもらえまいか」

 絹糸の如く流れる髪に、戯れに指を絡めつつ、友雅は泰明に艶然と微笑んだ。

「…っ駄目です!!」

 泰明が口を開く前に、ほったらかしにされていた永泉が大声で割って入った。

「私が先に泰明殿をお誘いしたのです!泰明殿をこの花の咲く野辺へご案内すると…!!」

「?しかし、今宵だとは…」

 泰明が不思議そうに問い返す前に、永泉は花を携えた泰明の華奢な手をぎゅっと握る。

「如何ですか、泰明殿!今宵は、私にお付き合いくださいませんか?月夜の野辺も大変美しい光景だと思いますので!」

「先に誘ったと仰いますが、お約束を頂いた訳ではないでしょう?ならば、後も先も関係ないと思いますがね」

 対抗するように、友雅がするりと、泰明の細い肩に手を回す。

「な、何をなさるのです!その手をお放し下さい!!」

「貴方様がその手をお放しくださったら、考えましょう」

「???」

 訳が分からぬまま、永泉と友雅の間に挟まれた泰明は、瞬きを繰り返し、

大きな瞳で火花を散らす永泉と友雅を交互に見遣る。

 暫し考えるような間を置いた後、泰明はふと、瞳を輝かした。

「ならば、今宵は三人で永泉の言う野辺へ行くのはどうだ?」

「は?」

「え?」

「そうすれば、永泉の言う花も、友雅の言う月も見ることができる」

 良いことを思い付いたと、泰明は唖然とする永泉と友雅に、にこっと微笑む。

 その幼子のように純で無垢な笑みに、誰が逆らえるだろう。

「…そうだね。他ならぬ君がそう言うのなら…」

「それが一番宜しいのかもしれません…」

 泰明の提案に同意しながら、ふたりはそれぞれ胸に多少なりとも抱いていた今宵の不埒な企みを断念せざるをえなくなる。

 そんなふたりの内心の消沈振りに、当の泰明は気付く筈もない。

何処か満足げに、ひとり頷く。

「問題ない」

 

 その夜は、友雅の言った通り、晴れた月夜となった。

「美しいな」

 永泉の案内した野辺で、花を飾った髪を柔らかな夜風に梳き靡かせつつ、泰明が目の前の光景に目を細める。

「良い場所だな。有難う、永泉」

「…いいえ」

 振り向いて、月の光に澄んだ瞳を煌かせつつ、礼を言った泰明は、誘われるように野辺の中に踏み込んでいく。

 無邪気に月光と花に戯れるその姿は、朧に輝いて、夢のように美しい。

 二人きりにはなれなかったが、このような泰明の姿を見られただけでも、ここへ来た甲斐があった。

 泰明の姿を思わず微笑んでしまいながら眺めていた永泉は、

少し離れた場所に佇む友雅が、同じように微笑んで泰明の姿に見入っているのに気が付いた。

 友雅も永泉の視線に気付き、苦笑めいた笑みを返す。

 恐らく彼も、永泉と似たようなことを考えていたのだろう。

「こうして、泰明殿の姿を目にしているだけで、心が洗われるような気が致します」

「ええ、確かに」

 永泉の言葉に同意した後、友雅はくす、と小さく笑う。

「どうなさいましたか?」

「いえ、永泉様のお心の広さに改めて感じ入っておりました」

「…どういう意味でしょうか?」

「こと泰明殿に関しては、私は今まで、帝の弟君である貴方様に、随分不躾なことをしている自覚はあります。

しかし、貴方様は、権力を振り翳して、私を黙らせようとは一切なさらず、いつも正々堂々と立ち向かってくる」

「それは…私は本来、世俗の権力とは関わりを持たぬ出家した身でありますから……

それに、権力を笠に着たところで、真に泰明殿の心を得ることは出来ないと思うからです。

何よりも、そんな私の醜い姿を、泰明殿の澄んだ瞳にお見せしたくない」

 そう永泉が言うと、友雅が穏やかに微笑んだ。

「素晴らしい心掛けです。私はね、永泉様、これでも貴方様のことを尊敬しているのですよ。

その真っ直ぐで誠実なお心をね」

「友雅殿…」

 恋敵から思わぬ賛辞を受けて、永泉は一瞬、言葉を失くす。

 しかし、次の瞬間、友雅の穏やかで優雅な笑みに、僅かな毒が滲んだ。

「だからといって、私も正々堂々と勝負するつもりはありませんが。

貴方様とは違い、私は世俗に塗れた貴族の端くれですから。

正攻法ばかりに拘っていては、この世にただひとつの名花をどなたかに奪われてしまう。

ですので、今後もあらゆる策を弄させていただきますよ」

 お覚悟を。

 剣呑な笑みを閃かせ、友雅は流れるような動きで、その場を離れ、野辺に佇む泰明の元へ向かう。

 永泉は暫し呆気に取られて、その場に立ち尽くすが、間もなく我に返った。

 慌てて後を追うべく駆け出そうとして躓きそうになるのを、何とか踏みとどまり、密かに拳を握る。

 やはり、油断ならない方だ。

(ですが、負けません!!)

 他のことは置いても、泰明に関してだけは、絶対に退きたくない。

 決意を新たにし、顔を上げた永泉は、友雅との闘いに身を投じるべく、再び駆け出した。

 


2007年度やっすん生誕企画第一弾は、永泉→やっすん←友雅氏でした。
あれ?何だか、当サイト的には良く見る組み合わせ…(笑)
まあ、無作為のくじ引きで決定するものですから、こんな結果になることもある訳です(笑)。
せめて内容くらいは趣向を変えようということで、永泉視点のコメディ風に仕立ててみました。
真っ向勝負の純情少年永泉VS作為たっぷりのずるい大人友雅氏。
ですが、一番最強なのは無意識に、そんなふたりを振り回しているやっすんでしょうか♪(笑)
永泉がやっすんにお花をプレゼントする件は、LaL○プレゼント色紙のえいやす(?)イラストに対して、
『屋根裏リズム』の大島モリ様がメールで、ちらっとお話くださったネタを、勝手に膨らませていただきました(コラ)。
モリさん、おいしいネタを有難う御座います♪(笑)
そんな訳で、こちらのお話は、モリさんにこっそり捧げさせていただきます!!(いらんわ)

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