月下夜話

 

 「ようやく逢えたね……」

 「昼にも逢っただろう」

 「互いに側近を従えて…かい?それは逢ったうちには入らないよ」

 相変わらず素っ気無い恋人の言葉に苦笑し、友雅は手を差し伸べる。

 そうすると、泰明は言葉とは裏腹に感じられる素直さで、友雅に向かって、白い手を差し出すのだ。

 捉えたその華奢な手指に戯れるように口付けを繰り返すと、

 「…友雅、くすぐったい」

 仄かな月灯りに、白い頬が僅かに染まり、花のような唇が柔らかく綻ぶ。

 

 こうして逢うのは、幾度目のことになるだろう。

 いつまでも変わらない、無垢で美しい恋人の姿に、嬉しさと感嘆の混じった溜め息が零れる。

 …逢う度に心惹かれずにはいられない。

 そうして、愛おしさが増すと尚更、数えるほどしか彼と逢うこと叶わぬ今の状況が恨めしく思えてくる。

 

 落ち着いたといっても、新たな関係を築きなおそうとしている両国には、様々な問題が発生する。

立場上、先頭に立ってそれらの問題に、当らねばならないふたりに、あまり自由な時間はない。

共にいる時間よりも、離れている時間のほうが長いのが現状である。

逢えるのは、定期会談など、公務を携えてお互いの国を訪れるときのみだ。

 

 しかし、泰明はこの状況でも充分満足しているらしく、逢う度に幸せそうに微笑んでくれる。

 その微笑みに心癒されない訳ではないが、彼の無欲さに少々不満を憶えるのも確か。

 彼を片時も放していたくないと貪欲に願い、焦れているのは自分だけなのかと悔しい気分にもなる。

 

 「たいへんな人気のようだね」

 「?何がだ」

 「君のことだよ。公務の合間に街へ出てみるとね、あちこちで君の噂を聞くことが出来るよ。

君は今も熱心に街へ出ているのだね」

 「ああ」

 抱き寄せながら囁くと、細い身体を友雅の腕に任せながら、泰明は嬉しそうに頷く。

 「直に街の現状に触れたいのだ。何か問題が起きたとき、すぐに気付くことが出来るように。

少しでも早く手助けが出来るように」

そう語る泰明の瞳は、月灯りを映しても余りあるほど、その内から煌々と輝いている。

民の為に働くことが嬉しくて堪らないといった様子に、また、苦笑が零れる。

「街の者に直接話を聞いてみるとね、老いも若きも、男も女も…皆、君の優しさと美しさを称えるんだ」

昼間に話を聞いた老婆も、重たい荷物を持って貰ったのだと、小躍りせんばかりに嬉しげに話していた。

こうして、泰明が民に慕われているのは、喜ばしいことではあったが……

「やはり、妬けてしまうね…」

「友雅?」

「意地悪な質問をしたくなってしまうよ。君は私と国の民…どちらを大切に思っているのか…とね」

「!それは…」

「ああ、そんな悲しい顔をしないで。応えは分かっているから」

どちらも愛しているからこそ、泰明はこの道を選び、自分はそれを認めたのだから。

しかし、思うに任せないこの状況に…いっそ、あのときふたり共に果ててしまえば、

離れてある寂しさなどなかったかもしれない、と頭の片隅で身勝手に考えるときがある。

冗談でも泰明の前では、口にしてはいけない思いだが。

「君とは片時も離れていたくないと思うのにね。なかなか上手くいかない」

「…私ももっと友雅と一緒にいたい。しかし、もう少し両国間が落ち着かなければ……」

堪えきれない不満を口にしてみると、生真面目な応えが返ってきて、友雅は僅かに声を立てて笑った。

「それは、ふたりきりの時間を増やしたければ、もっと私に働けということかな」

「お前だけではない。私も、そして、国中皆が努力して徐々に現状を良くしていかなければ」

「やれやれ、君の真摯な民への思いには恐れ入る。承知したよ。姫君の御心のままに。

私は君の愛の奴隷だからね、君に逆らう術がない」

「友雅!」

冗談混じりに皮肉ると、泰明がやや機嫌を損ねたように、友雅を咎める。

「ごめん。冗談が過ぎたね」

しかし、宥めるように、寄せられた眉間に口付けると、泰明の表情はすぐに緩んだ。

「私は…例え、短くても、こうして友雅と逢えることが嬉しい。それだけで今日を、明日を生きていくことが出来る。

再び逢える明日を願うことが出来るのだ。私は…この生きている瞬間瞬間を、本当に嬉しく思う」

健気な言葉に毒気を抜かれて、腕の中を見遣ると、泰明は友雅の鼓動を確かめるように胸に頬を押し当て、

瞳を閉じていた。

その白い頬に影を落とす睫の優美な長さ。

その心から安心しきった様子に、友雅はやっと素直に微笑むことが出来た。

「…そうだね。有難う、泰明」

「礼を言う必要などない」

確かに、生きているからこそ明日を願うことが出来、こんな風に贅沢な悩みを抱くことも出来る訳だ。

もっと彼を独占したいのは山々ではあるけれど……

今は、こうして彼を幸せそうに微笑ませているのは、自分であると自惚れるだけで良しとしなければ。

友雅は僅かに俯いている泰明の小さな顔をそっと上げさせ、仄かに艶めく唇に口付ける。

「ごねたところで、ふたりで過ごせる時間が長くなる訳でもないからね。

ならば、この短い時間をもっと愉しく過ごそう」

「そうだな。ところで、愉しくとは一体何を…わっ!」

泰明が抵抗する隙を与えず、華奢な身体を抱き上げると、友雅は部屋の中央にある寝台へと歩む。

「いつもと同じではないか」

帳を避けながら、寝台の上に泰明を横たわらせると、小さな声で泰明が文句を言う。

「御不満かい?」

滑らかな頬から細い首筋に手を這わせながら問うと、泰明は首を振って白い腕を伸ばす。

誘われるように、今度は先程よりも深い口付けを交わした。

 

睦み合いの合間に僅かに身体を離して、友雅は恋人の姿を眺め、感嘆混じりに囁く。

「ああ…君にはやはり、今も月の光が似合うね」

 

部屋に差し込む淡い月光の中に浮かび上がる白い身体。

敷布の作る波の上に散り乱れ、闇と光を織り込んで、不思議な輝きを零す翠の髪。

 

陽の下の麗姿とは違う月下の艶姿。

 

「…友雅」

徐々に色付いていく自分の身体を見られるのを恥ずかしがってか、それとも、友雅の温かい身体が離れるのを寂しがってか、

強くしがみ付いてくる泰明を再び抱き締めながら、友雅はその耳元に囁いた。

 

「君は私だけの月だ」

 



その後のともやすらぶらぶシーンソフト仕様(いつもそうじゃん?/苦笑)。
フム、このお話のやっすんは、ちょっぴり大人っぽくて、
友雅氏はちょっぴり意地悪みたいですな、やっと見えてきたぞ(完結後にか!)。
らぶらぶ現場は、屋外から屋内に移ったものの(笑)、
何だか別の意味で、より人目を憚るようになってしまったおふたりです。
しかし、障害がある方が恋は燃え上がるもの。
ときに不満を零しつつも、結局は幸せそうなのです♪
…ちなみに、ふたりが逢ってる間は邪魔が入らぬよう、永泉が上手く取り計らってやっている模様。
永泉にとっては不本意でしょうが、やっすんに余計な傷を付けない為には、
更にはやっすんの幸せを思うなら、そうせざるを得ないんですな。泣かせるねえ…←?
そんな彼の努力の裏で、ふたりはこんなこと(↑)してる訳ですよ!!全く!!(笑)
それで、側近の中にはむしろ、やっすんと永泉との仲を勘繰る輩がいたりして(笑)、
友雅氏への軽い意趣返しも込めて永泉は、その疑惑を敢えて否定しないのです!
でも、それは結局、自分の身を盾に、やっすんと共に、友雅氏の立場も守っている形になる訳で……
切ないねえ…!しかし、永泉にはそんな報われない片想いを貫いて欲しいです!!(鬼)
…って、話に全く関係ない妄想を繰り広げておりますが、
蟻地獄にならないようここら辺りで止めておきます(苦笑)。
取り敢えず、最終話であまり書けなかったやっすんを沢山書けたので、私的には満足です♪
あと、「愛の奴隷」ってクサい言葉を使ってみたかったの……(笑)


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