ガレキの楽園 4
探しものとは…泰明のことなのだろうか?
彼は暗殺部隊の標的(ターゲット)なのか、それとも……
しかし、探し「もの」とはどういうことだ?
「探しものには名がありましてね。Azrael(アズラエル)というのです」
「アズラエル(死天使)?」
「ええ。模造天使ですよ」
「もう、完成したのか…」
友雅は意外な軍の探しものに驚くと共に、苦い気持ちを噛み締める。
友雅が軍を辞めた最も大きな理由。
模造天使。
軍の暗殺部隊は秘密裏の研究機関も備えていた。
そこで、六年前計画され、研究されていたのが、模造天使である。
模造天使とは暗殺用アンドロイドの総称だ。
諜報も兼ねる暗殺活動は、ターゲットのテリトリーに深く潜入して行うことが多い。
深く潜入すればするほど、必然的に任務遂行後の脱出は困難となる。
それ故、脱出が叶わず、そのままそこで自害する隊員も多かった。
そこで、計画されたのが、本物の人間の代わりに相手の懐深く忍び込んで、暗殺を実行するアンドロイド、模造天使の開発である。
何ら人と変わらぬ頭脳と、人以上の身体能力を備えた人造人間。
開発が成功すれば、いずれエデンは全て、それら模造天使で構成される計画だった。
人間は自然を破壊するのみならず、今度は偽物の生命を創ろうというのか。
世界を思いのままにできる神にでもなるつもりか。
計画を知ったとき、軍、そして、人間のあまりの傲慢さに嫌気が差し、それが友雅に、軍から完全に離れる決意をさせた。
長い間、自分に嘘をつき続けながら軍に在籍していたが、もう限界だったのだ。
そうして、友雅がエデンを離れた頃はまだ、計画は立ち上がったばかりだった。
それが、僅か五年でもう、完成するとは。
模造天使は人間が造り出したものの中で、最も醜いものであるに違いない。
しかし……
湧き上がる不安を必死で抑える友雅を余所に、中尉は淡々と話を続ける。
「ちょうど貴方がエデンを出られるのと入れ違いに、優秀な研究者を雇いましてね。二年前に、模造天使の第一号、アズラエルが誕生したのです」
「それを今お探しということは、それが逃げ出したと?」
「ええ。残念ながらそうです。貴方はアズラエルを御存知ではありませんか?」
「知りませんね。そのような醜い造り物など、見掛けたこともありません」
友雅は技と素っ気無い応えを返す。
そうだ。
そんな造り物など私は知らない。
知っているのは、この世の何より綺麗な泰明だけ。
しかし、ああ、しかし……
儚い願いと強まる不安に心は乱れる。
「おや、アズラエルは醜くなどありませんよ。その名の通り、姿は天使の如く美しい。暗殺の腕も一級品だ」
中尉の言葉が儚い願いを打ち砕こうとしていた。
「…ああ、もしかしたら、あれは「アズラエル」とは名乗っていないかもしれませんね。生みの親である研究者が、我々が呼ぶものとは別の名前で呼んでいたので、或いはその名前で、通していたかもしれません。そう…「泰明」と」
「泰明……」
否定したい願いを打ち砕かれ、友雅は誤魔化すことも忘れて、呆然とその名を繰り返す。
あの無垢なほどに美しい泰明が。
この世の何よりも自然の美しさを体現していた彼。
そんな彼が造り物だと?
しかも、暗殺用アンドロイドだと?
齎された真実に呆然としながら、ふと気付くことがあった。
思わず、自嘲めいた笑みが零れる。
何故、あれほどまでに泰明に惹かれたのか。
彼と過ごすときが、自然に感じられたのか。
もしやそれは、同じ暗殺者という疎ましい繋がりに起因しているのではないか?
結局は同じ穴の狢だったという訳だ。
そんな彼に、自分は都合の良い理想を押し付け、満足していた。
なんという独り善がり。
まるで、一人芝居だ。
彼が自分に見せてくれた、そして、与えてくれた全ては、造り物だったのか。
それまで泰明と共に過ごしていたときには、遠くなっていた筈の絶望が、目前に迫る。
それに今しも、飲み込まれそうになったそのとき。
脳裏に別れるときに見せた泰明の表情が鮮やかに蘇る。
きっぱりとした言葉と声とはまるで正反対の、気持ちを堪えようとして堪えきれなかったようなあの悲しげな表情。
そこに嘘はなかった。
例え、彼が造り物であったとしても…いや、造り物だからこそ、彼が自分に示してくれた感情に、人が吐くような嘘はないと信じたい。
いや…何が嘘で何が本物なのかなど、どうでもいいのだ。
灰色の浜辺で長い髪を冷たい風に弄らせつつ、彼方の水平線を眺めていた泰明。
白い腕を翳して、青い硝子に見入っていた姿。
そうして、彼はいつも見たことのない空と海の青さに思いを馳せていた。
それでも、自分が呼び掛ければ、素直に応えて、淡い微笑みと澄んだ声を向けてくれた。
他の何を知らなくても、彼と触れ合えるだけで、その清らかさを信じることができた。
……彼が傍にいるだけで、生き続けることができた。
例え、自分が触れることのできた彼の全てが、造り物だったとしても構わない。
ただはっきりしているのは……
気付けば、中尉の連れた部下が、周りを取り囲んでいた。
「実は既にこの辺りで聞き込みをさせて頂きましてね。貴方はこの一年、翡翠色の髪と色違いの瞳を持った美しい青年と暮らしていたとか。その容姿は我々が探しているアズラエルと一致します。まあ、貴方はあれが模造天使であるとは知らなかったようですが」
「……」
友雅は肯定も否定もせず、ただ笑みだけを返した。
「「泰明」は何処です?」
「…知りませんね」
「隠し続けることは身の為にならないと、貴方なら御存知でしょうに」
「知らないものは知らないと正直に申し上げたまで。彼が何処に行ったか知りたいのはむしろこちらの方だ」
「そうですか」
中尉は友雅の応えに静かに頷いたものの、まだ、包囲は解かれない。
「訊いてもいいでしょうか」
「何でしょう?」
「彼は何故、エデンを逃げ出したのですか?」
「「彼」ですか」
ふ、と中尉は笑みを零す。
「アズラエルは研究所の所員二人と、隊員を三人、殺したのです」
「何故」
「安倍博士…あれの生みの親ですが、彼の仇を取ったつもりなのでしょう。彼はより人に近いアンドロイドを完成させるためには、感情面も育てていかなければならないと主張した。そこで、アズラエルの感情的な養育も彼が担当していたのです。しかし、彼は優秀な研究者でしたが、いささか情に流され過ぎた。我々がアズラエルを模造天使にすると知った途端、そんなことのために、あの子を造ったのではないと騒ぎ出したのです。軍から研究の資金と場所を提供されるからには、そのような目的など分かるものでしょうに。その点は我々の見込み違いだったと言わざるを得ないでしょう」
「そこで、貴方がたは泰明を模造天使にすることを反対した博士を処分したのですか?」
やや、厳しく問うと、中尉はうっすらと唇に冷たい微笑を刻んだ。
それが、応えだった。
「その現場をアズラエルに見られたようでしてね。逆上したアズラエルは、その場にいた者を皆殺しにしたのです。全く、博士があれに余計な愛情を注いだばかりに厄介なことになってしまった」
「泰明を見付けたら、どうするのです」
「必要な情報を得た後、処分します。あれは指令のない殺人を行った不良品ですから。安倍博士の残したデータさえあれば、模造天使は他にも造れますしね」
言いながら、中尉は片手を挙げた。
それを合図として、友雅を取り囲んだ部下が、彼に向けて銃を構える。
自分に向けられる四つの銃口を一瞥してから、友雅はす、と瞳を細めて、目の前の男を見る。
「いやに素直に、軍の重要機密に関わることを応えて下さると思えば、そういうことですか。しかし、私一人に五人とは、いささか大袈裟過ぎるのではないですか?」
自らも銃を構えながら、男は応える。
「貴方の腕は私が多少なりとも、存じております。それに照らし合わせれば、五人では心許ない程です」
「何とも光栄な買い被りをして下さる。こちらは五年のブランクがある。それだけ腕も鈍っていることでしょう」
「それはそれでこちらにとっては好都合」
カチャリと撃鉄を外す音。
「実はこの街にアズラエルがいると知ったときから、貴方のところなのではないかと思っていました」
「それはまた、何故?」
「奇遇なことに、似ているのですよ。貴方と、アズラエルが「父」と慕った安倍博士の声が」
その言葉に友雅は一瞬目を丸くし、それからゆっくりと微笑んだ。
泰明は人と変わらぬ愛情をその身に抱えている。
そのことが分かったからだ。
例え、彼が造り物であっても構わない。
ただ、はっきりしているのは……
自分がこれからもこの世界で生き続ける為には、他の誰でもなく彼こそが必要であること。
そのとき。
幾つもの銃声が重なり合った。
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