Blue 〜ray

 

− 1 −

 

 上流階級の家庭に生まれた為、自分は随分恵まれた環境に育ったと思う。

 好きなように学ばせてもらい、望んだ仕事に就いた。

 しかし、いつも何処かで違和感と焦燥感を味わっていた。

自分の暮らす外の世界に目をやれば、すぐに気付く社会の闇。

急速に発展した文明の崩壊と、その犠牲にされた環境。

 軍の台頭と諸外国との戦いの日々。

 静かに、だが、確実に胸を焦がしていく思いが抑えきれないほど強くなったのは、

取材で一般民が暮らす街を訪れたときだ。

 晴れることない空と淀んだ大気と共に、周囲に満ちる言いようのない閉塞感。

 民の生活にさえ、鋭く目を光らせている軍の存在。

 今や、一般民の街に濃く漂っていた閉塞感は、上流階級にまで及んできている。

 社会全体が病んできているのだ。

 そして、そのことを訴えることのできる場も、徐々に失われつつある。

 

「藤原!」

「はい」

 編集長の大きな呼び声に、自分のデスクでパソコンに向かっていた鷹通は、振り向いて立ち上がる。

「今から、三十分後に軍の公式発表がある。軍情報局にアクセスしてダウンロードしたデータを元にして、

本日中に記事として纏め上げること。明日の一面だからな。気を張っていけ」

「…はい」

 上滑りする編集長の励ましに、鷹通は複雑な表情で頷く。

 軍から提供されるデータを、購読層に理解しやすいよう編集しなおすだけの作業だ。

 取材をする訳でもない……そんなものは記事とは言えない。

「ああ、それと…」

 デスクに近付いてきた編集長が鷹通にメモリースティックを差し出した。

「お前が以前提出したこれだがな…紙面に取り上げることが出来なくなった」

「…!何故です?!」

 先週、この情報都市の一角で起こった謎の暴行事件の記事だ。

行きずりの暴漢の犯行として片付けられた事件を、鷹通は独自に取材して詳細を突き止め、記事として纏め上げた。

驚いて問い返した鷹通に、編集長は苦笑する。

「分かるだろう?軍が関わった犯行だと仄めかせる記事はご法度なんだ。…例え、それが事実であろうとな」

「しかし、それでは、少しでも軍に関わる事実は何一つ、民衆に、そして世界に明らかにされないことになります……」

「仕方がない。それが今の社会なんだ。ここまで取材してくれたお前には悪いが、今回は諦めてくれ」

 悔しげに顔を伏せた鷹通の肩を叩いて、編集長はスティックを返し、デスクから離れていった。

「大丈夫か、藤原?」

 椅子に腰を下ろし、思わず机の上で拳を握った鷹通に、隣に座った同僚が話し掛ける。

「お前の頑張りには、いつも頭が下がる思いだけどさ。あんまり無理するなよ」

「お気遣い有難う御座います。しかし…」

「過ぎた正義感は命取りだぜ。もう少し、肩の力を抜いて気楽にやった方が良い」

「………」

 そうして、周りで確実に起こっている不正に目を瞑っていろと言うのか。

 そう言い返したかったが、言ったところで何が変わるという訳でもない。

 この話はこれで終わりと言わんばかりに自分のパソコンに向き合った同僚に倣い、鷹通もパソコンに向かった。

 

 夕になる前に、仕上げた記事のデータを編集長に渡すと、労いの言葉と共に、思い掛けない言葉が投げ掛けられた。

「藤原、お前は来週から政治部から文化部へ異動だ。今後は社交界担当になってくれ」

「そんな…!いきなり何故ですか?!」

「何故でもだ。上からのお達しだぞ。それに、上流階級の社会は、お前には馴染みの世界だろう?」

少なくとも、今の政治部よりはやりたいことが出来る筈だ、と言う編集長の言葉に、鷹通は俯いて顰めた顔を隠した。

社交界と言えば、多少は聞こえがいいが、それらに関する記事は謂わば娯楽記事に他ならない。

そこに一体自分のどんな主張を織り込めと言うのだ。

しかし、そんな反発の言葉を鷹通は全て呑み込む。

上層部によるこの人事異動の意図は明らかだった。

軍部を下手に刺激する記事は一切書くな、ということだ。

自分はついに、この社会の現実を訴える場を失ってしまった。

「来週はちょうど、花園(ハナゾノ)侯爵主催の仮面舞踏会があるそうだ。

噂では御門(ミカド)と皇族の方数名がお忍びで参加されるという。

その取材がお前の社交界担当記者としての初仕事だ。頼むぞ」

 編集長の言葉に何と応えたか、自分でも分からぬまま、鷹通は社を後にした。

 

 

 昼頃に友雅と泰明らレジスタンス一行は、情報都市へと入った。

 軍の干渉を嫌う上流階級の人々が多く住まうこの都市は、綺麗に整えられた古風な石畳の通りや建物が美しい街だ。

 漂う空気も何処となく華やかである。

 しかし、そこに紛れる退廃の気配が以前訪れたときよりも強くなっているような気がする。

 車から降りた友雅は、僅かに眉を顰める。

 隣を見遣ると、こうした華やかな雰囲気の街に訪れたのは初めての泰明が、興味深げに通りや建物の様子を眺めていた。

 その無邪気な様子に、友雅の表情が和らぐ。

「この都市の建物は随分と色彩豊かなのだな」

「ああ。華美を好む上流階級の人間が多く住まう都市でもあるからね」

「今、車から降りた者がその上流階級の人間とやらか?」

 通り向こうの劇場前で止まった車から降り立つ人々をちらりと見て、泰明が訊ねる。

「恐らくそうだろうね。だけど、よく一目で分かったね」

「車と服の色が建物と似ている」

 泰明の淡々とした応えに、思わず友雅は笑い出す。

「ははは、色か。確かに似ているね。君は鋭いね、泰明」

「そのようなことはない。見れば分かることだ」

 友雅に肩を抱き寄せられながら、泰明は怪訝そうに首を傾げる。

「おいこら!人前でいちゃいちゃしてんじゃねえ!!」

「それにしても…」

 後ろから文句を付ける天真を無視して、友雅は泰明とは違う意味で首を傾げた。

 通りを行きかう華やかな装いの人間が随分と多い。

 近日中に何か、社交界でイベントがあるのかもしれない。

「確めて参ります」

 似たような疑問を抱いたのだろう、頼久が素早く通りを渡り、劇場前でたむろする一団へと近付いていった。

一般の旅行者を装って、二言三言彼らと言葉を交わした後、戻ってくる。

「明後日に、とある貴族主催の仮面舞踏会があるそうです。

そのため、都市外からも、舞踏会に参加する貴族が集まっているのだとか」

「なるほど…」

「郊外では一般民が軍に監視されて、息詰まるような生活を送ってるっていうのに、上流階級の奴らは暢気だな」

「そうでもないさ」

 開いたままの車のドアの上部で頬杖を付きながら、天真が不満を漏らすのに、友雅は苦笑を返す。

 

 こうした贅沢な暮らしを保障された上流階級の人間は、ごくごく僅かである。

 この国には、貴族の他に、御門を頂点とした皇族も存在しているが、その権力は全て軍に奪われ、形骸化していた。

 対外的に体裁を整える為、また、長く御門とその一族を仰いできた一般民の感情を下手に刺激しない為に、

軍からその存在を認められている彼らだが、一般民と同様、軍から少なからず干渉され、監視されていることには変わりない。

 高度な教育を受けられ、望めば諸外国を見聞できる彼らの中で、軍のやり方に疑問や不満を憶える者もいるだろう。

しかし、彼らに反旗を翻せるほどの力はない。

 そんな素振りを見せるだけでも、一族諸共、軍に徹底的に叩き潰されてしまう。

結局、彼らの多くは、行き場のない不満や怒りを許された贅沢に費やすことで昇華するだけの日々を送っているのだ。

 軍の横行にただ息を潜め、身を竦めている一般民と比べて、一体どちらがましなのか。

 どちらにしろ、はっきりしているのは、軍が力を奮い続ける限り、明るい道は閉ざされているということだ。

 

「友雅殿、泰明殿。そろそろここを離れませんか?」

 頼久が周囲をそれとなく見遣りながら、提案する。

「確かに。このまま俺たちがここにいると、悪目立ちするんじゃねえ?」

 若い女性の好奇の視線を感じた天真も同意する。

 それに、友雅も頷いた。

 確かに、高級車と華やかな衣裳の人々が多く行き交う通りでは、黒い実用車と質素な服装は、周囲から浮いている。

 また、それぞれ秀麗な容姿を持つ彼らは、ただでさえ、人々の注目を集めやすい。

 結成したばかりのレジスタンスが、その地盤を固める前に目立つのはご法度である。

そこで、天真が素早く車に乗り込み、友雅も泰明を促して後に続いた。

「ひとまず、先に行った部下たちが手配してくれた宿へ向かいましょう」

 そう言いながら、頼久は車の前方に設置してある端末で宿の場所を確認し、車を発進させた。

「宿に移動した後は、どうするのだ?」

 泰明が傍らの友雅に訊ねる。

「そうだね…頼久、天真、そして、『疾風』隊員たちには、休息も兼ねて、宿で暫し待機してもらいたい」

 良いかな?と運転席の頼久と助手席の天真に確認すると、

「畏まりました」

OK。一応、あんたがリーダーだもんな」

 明瞭な応えが返ってきた。

「で、あんたと泰明は?」

 天真に訊ねられ、友雅は傍らの泰明へと視線を戻した。

「私はその間に、有望な同志候補に早速コンタクトを取ってみようと思う」

「以前、話していたジャーナリストの知り合いだな」

「そうだよ。泰明、一緒に行ってくれるかい?」

 友雅の方から、このような頼みごとをしてくるとは珍しい。

 泰明は少し驚いて、大きな瞳を瞠ったが、すかさず頷いた。

「分かった。少しでも友雅の役に立てると良いのだが…」

「有難う、助かるよ。君が傍にいてくれるだけで、事がうまく運びそうな気がする」

「大袈裟だな」

「おや、遠慮深いね。我が姫君はご自分の魅力を理解しておられないらしい…」

「何の話だ?」

 車の後部座席で、流れる綺麗な髪ごと泰明の肩を抱きながらその耳元で囁く友雅と、きょとんとする泰明の様子を、

助手席でルームミラー越しに眺めた天真は、うんざりしたように呟いた。

「だから、人前でいちゃいちゃすんなって言ってるだろうが……」


to be continued
お待たせいたしました、Blueシリーズ再開で御座います♪ 第3弾となるこの「Blue 〜ray〜」は鷹通登場篇となります。 ちなみに副題の「ray」はファンならご存知、99年に発売されたラルクのアルバムタイトルでもありますが、 別にそこから取った訳ではなく(笑)、純粋に「光明」という意味が この話にはあっているのではなかろうかとセレクトしたのであります。 登場早々、人事異動で飛ばされちゃった鷹通、既に煮詰まり気味です(苦笑)。 今は闇の中にいる彼が、いかにして「光明」を見出すか… まあ、キーパーソンはバレバレだと思いますが(笑)、見守ってやっていただけたら幸いです。 今回は、やっすんたちが固まって行動してくれているお蔭で、早く登場してくれてホクホクですよ♪(自分で言うな) そして、「御門=帝」ということで、何だか数珠繋ぎのように登場人物が増えてきそうで、 書ききれるかちょっと不安ですよ…(苦笑)きっと長くなるんだろうな…(汗) もしかしたら、次のシリーズ続編で本格登場予定の某キャラもちらっとだけ顔見せしてくれるかもしれません。 そして、アクラムも登場予定ですよ! ちょっとした不安も残しつつ(苦笑)、構想段階でもう楽しくなっているので、今後が我ながら楽しみです♪ 相変わらず、まったりのんびり連載になること請け合いですが、どうぞ宜しくお付き合いくださいませ(平伏)。 top