Blue 〜eternal

 

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 浴室を出た友雅が泰明のいる部屋に入ると、泰明は窓際に置かれたローテーブルの上で、せっせと手を動かしていた。

 パジャマ代わりのゆったりとしたシャツとパンツを華奢な身に纏い、

ソファには座らないで、床に敷いた絨毯に直に腰を下ろしている。

 余程作業に集中しているのか、忙しなく動く手に対して、

真っ直ぐ伸びた背に掛かる洗い立ての髪は、さらりとも動かない。

 夕食後に、侍女頭に何事かを尋ねていたので、恐らくそのとき教えてもらったことだろうと当たりを付けつつ、

友雅は泰明に近付く。

「そんな真剣な眼差しで、熱心に何を作っているんだい?」

 座り込む小さな頭越しに手元を覗き込むと、顔を上げた泰明がちらりと、友雅を一瞥した。

「花だ」

 そう端的に応え、すぐに視線を手元に戻して、作業を続行する。

 小さく裁たれた色とりどりのシフォンを幾枚も重ね、細い針金で纏めると、薔薇に似た花が出来上がる。

「何の為にこの花を?」

「気休めだ」

 これもまた、端的な応えだったが、それだけで友雅は、泰明が花を作る理由を悟る。

「……」

 泰明の行動をいじらしく思う反面、何もそこまでやる必要は無いのにと呆れて、友雅は泰明が作業に熱中する姿を眺める。

 泰明の繊細な手から次々と生み出されていく造花は、既にテーブルの上に小山を作っていた。

それらの花が色は違えども、寸分違わぬ形に作られているのが、几帳面な泰明らしくて、友雅は思わず小さな笑みを零す。

 そうして、ワインの入ったグラスを片手に、テーブルの脇のソファに腰を下ろしながら、

完成した花のひとつを手にとってみる。

「ほう、なかなか良く出来たものだ」

 造花の造りを仔細に眺め、笑ってワインを一口含むと、

顔を上げた泰明が、色違いの瞳に僅かに呆れたような色を滲ませて、友雅を見た。

「まだ飲むのか。食事時に充分に飲んだだろう」

 泰明の言葉に、友雅は片手で花を弄びながら、肩を竦めて言い返す。

「だって、君が構ってくれないからね」

「…?」

 泰明は一瞬きょとんとして、二三度瞬きを繰り返す。

 が、間もなく小さく息を吐いて、立ち上がった。

 そこでやっと、泰明の背に流れる髪がさらりと揺れる。

 暫し席を外した泰明は、冷たい水の入ったグラスを手に戻ってきた。

「あまり飲み過ぎると身体に毒だ。飲むならばこれにしろ」

「良いよ。君が構ってくれるのなら」

 目の前にグラスを差し出す泰明を見上げて微笑み、友雅は手にしたグラスをテーブルに置く。

グラスの水が零れないよう、泰明の細い手首を柔らかく掴み、軽く引くと、泰明は素直に友雅の隣に座った。

ほっそりした身体を腕のなかに閉じ込めるように、更に引き寄せる。

見上げてくる泰明の白い額に口付け、引き寄せた手で滑らかな髪を梳くように掻き揚げつつ、

持ったままだった花を戯れに挿してみる。

「良く似合う」

「友雅」

 友雅の満足げな口調など意にも介さず、泰明は生真面目にグラスを捧げ持って待っている。

「ああ、すまないね」

 やっとグラスを受け取って、水を飲むと、泰明はようやく眼差しを和らげ、

身体に入っていた力を抜き、友雅の胸に身を預けてきた。

友雅は抱き寄せた手に触れる泰明の髪を優しく梳く。

心地良さそうに瞳を閉じる表情と、細いが柔らかい身体の感触とが何とも愛おしい。

 

暫し穏やかな沈黙が訪れる。

今尚、見飽きることの無い恋人の澄んだ美貌に見惚れていた友雅は、ふと恋人の可憐さを引き立てる花に意識を向けた。

視界の端にも同じ形の花がテーブルを飾っているのが映る。

 

花のように美しい恋人が作った美しい花。

そう言えば、このふたつは良く似ている。

 

そう思い付いてしまったことを何とはなしに気まずく思いながら、友雅は何気ない素振りで口を開く。

「この花は、ひとりで持って行くつもりかい?」

 その問いに、ぱちりと瞳を開いた泰明は、テーブルの上の造花に目を遣りながら頷く。

「ああ。時間が空けば明日、行くつもりでいる」

「明日?あのような事件が起きた直後だよ。

新拠点へ移動した後、もしくは、もう少し日にちを置いた方がいいのではないかな?」

 

 

 永泉が去ったのと前後するように戻ってきた天真が語った銃撃事件。

 その話を受けてすぐさま、ニュースを検索した鷹通が、緊張した面持ちで皆に告げた。

「襲撃されたのは、山科(ヤマシナ)伯爵。軍による政治体制に批判的な考えを持っていた貴族の一人で…即死だったそうです」

 頼久が涼しげな瞳に、鋭い光を宿す。

「…ということは……」

「軍の仕業と考えるのが自然だろうね」

 声音だけは柔らかに、友雅が皆の考えを代弁する。

 天真が何処か思い詰めた表情で、拳を握り締めるのを、泰明はただ見詰めることしかできなかった。

 

 

 つい先ほどの出来事を思い返しつつ、泰明は友雅の提案に、首を振る。

「いや、早い方がいい。これもまた、私の身勝手な気休めに過ぎないが…」

 言葉を継ぎながら、ほんの僅か瞳を翳らせる泰明を宥めるように、友雅は微笑んだ。

「君がそうしたいなら、そうすれば良い。私も行こうか」

「いや、ひとりで良い。気遣いは嬉しいが…友雅には他にやることがあるだろう。私の気休めに付き合う必要は無い」

「やれやれ、何ともつれないね。今はこうして、素直に私に身を任せてくれているというのに」

 きっぱり断る泰明に、冗談めかしてそう言った友雅だったが、すぐに表情を改める。

「君の腕前は信じているけれど…どうか気を付けておくれ。

もし、万が一、面倒事に巻き込まれてしまったときは、ひとりで対処しようとせずに私を呼んでおくれ。

いいね?私は詰まらないことで、君が傷付くのは見たくないのだよ」

「…分かった」

 友雅を真っ直ぐ見上げて誓うように頷いた後、泰明は再び花を見詰めながら、ポツリと呟く。

「天真は妹らしき姿を見たと言っていたな…」

「…ああ、そうだね」

「本当にそれは天真の妹なのだろうか…いや、天真がそう言うのなら、間違いないのだろうが、もしそうなら……」

「ああ、君の言いたいことは分かるよ。恐らく天真も同じことを考えている筈だ」

 寄り添う泰明の髪を指に絡めつつ、華奢な背も撫でながら、友雅も静かに応える。

 

 軍に批判的な貴族が襲われた銃撃事件の現場に、軍に攫われたという天真の妹がいた。

 しかも、普通に通りを歩いている様子だったという。

 天真の妹が、銃撃事件に全くの無関係であることはないだろう。

もしも、軍に捕らわれた彼女が、かつての友雅や泰明のように訓練を受けて、暗殺者に仕立て上げられていたなら…

彼女こそが貴族を銃撃した張本人であるかもしれない。

 

 何とも酷い話だが、それを今まで軍は、当たり前のようにやってきたのだ。

 泰明は長い睫毛を伏せ、不安げに片手を胸に当てる。

「もし、私たちの考えていることが当たっていたならば、天真の妹の心は…」

「ああ。軍は彼女の脳にも干渉しているかもしれない」

 これはあくまでも最悪の推測に過ぎない。

しかし、残念なことに、最も的中率の高い推測であることを、口にせずともふたりは、実感として理解していた。

「だが、天真もそのことは覚悟しているだろう。その上で、進むべき道を定めている。

私たちも同じだよ。この先、どんな未来が待ち受けていようとも、進むべき道はひとつだ」

「そうだな…」

 友雅の言葉に頷き、泰明は微笑した。

「そうだな。迷う必要は無い。すまない。弱気なことを言ってしまって」

「良いんだよ。

それだけ君が私を頼りに思ってくれていると思えば、嬉しいくらいだ。

それに、君は無意識のうちに不安や迷いを溜め込みがちだからね」

「そうだろうか?」

「ああ。だから、それが溢れ出して収拾が付かなくなる前に、少しずつでも表に出した方が良い。

これからも君が思ったこと、感じたことを私に教えてくれると嬉しいな。どんな些細なことでもね」

「だが、それでは私は友雅に甘えてばかりになってしまう」

 それは頂けないと言う泰明の僅かに寄せられた細い眉の間に、友雅は口付ける。

「…!」

「君は何を言ってるのかな。今まで君は、殆ど私に甘えてくれたことなど無くて、私に寂しい思いをさせているのに。

私はね、君に甘えられると、嬉しいのだよ。君には常日頃甘えさせてもらってばかりいるしね…」

「?そのようなことは無いと思うが…?」

 怪訝そうに首を傾げる泰明の細い身体を、友雅は抱き上げる。

「ッ…!何なのだ?」

 不意を突かれて驚いた泰明が、友雅の首にしがみ付きながら、抗議めいた声を上げる。

「何って。君が納得していない様子だったから、さっき君が甘えてくれた代わりに、今度は私が君に甘えようと思ってね。

それなら、差し引きゼロだろう?うん、我ながら良い考えだ」

 泰明をベッドに運びながら、一人悦に入ったように友雅は笑う。

 依然として納得していない様子の泰明は、拗ねたように呟く。

「何か、色々と誤魔化されたような気がする…」

「そんなことないよ。私は何時だって君の存在に甘えさせて貰ってる。

君がいるから、私は生きていける。君は私の希望そのものだから」

 泰明の身体をベッドに横たえ、滑らかな頬を撫でながら心を込めてそう言うと、泰明の表情がふわりと和らいだ。

「私もそうだ。友雅がいるから、名を呼んでくれるから、私は「泰明」として生きていける。

私の望む「私」として在れるのだ」

 真摯に応える泰明を、友雅は微笑みながら見下ろす。

「ならば、これで本当に差し引きゼロだね」

「そうだろうか?」

「そうだよ」

「差し引きゼロでも、続けるのか?」

「………酷いことを言うね。途中で止めろと言うのかい?」

 泰明の纏うシャツのボタンを外し掛けていた手を思わず止めて言うと、

その恨めしげな響きが可笑しかったのか、泰明はくすくすと笑い出した。

「冗談だ」

 笑いながら首に細い腕を回して抱き付いてくる泰明の細い身体を受け止めながら、友雅は苦笑混じりに溜め息を吐いた。

「全く…誰にそんな質の悪い冗談を教わったんだい?」

「友雅だ」

 その応えにまた、苦笑する。

「言ってくれるね。そんな意地悪なことを言う口は早く塞いでしまおう」

 甘く囁きながら、友雅は、笑みに綻ぶ柔らかな唇に口付けた。

シーツの上に流れ拡がる翡翠色の髪を撫でながら、そっと挿した花を壊さないよう外して枕元に置く。

ベッドを覆う帳越しの灯りに透ける花は美しかった。

それ以上に、朧な灯りに透けるように輝く白い肌を、徐々に薄紅に染めていく泰明の姿は美しかった。

 

 例え、造られた花でも、その内に、光を宿すことができれば、本物以上に美しく輝く。

 

 今、友雅の腕の中にある花もまた、清い光を内に秘めて咲き続けている。

 その輝きに魅せられるのは、友雅だけではない。

 この美しい花が、造り物であろうと無かろうと、元より友雅は気にしていない。

 それは事実だ。

 だが、輝き続ける花は、いつか、本物となることも出来るのだろうか。


to be continued
次回は「らぶ」です、と予告してはいたものの、見事に「らぶ」だけになってしまいました。 …何か中途半端な「らぶ」ですが(いつもどーり!/笑)。 お互いの依存度が非常に高いふたりです(苦笑)。 まあ、それがお互いプラス志向になるなら、それもいいんじゃないかな、ということで。 一応、鷹通邸では、メンバーひとりひとりに部屋が宛がわれているのですが、 このふたりはどっちかの部屋で一緒に寝ることが多いようですね(笑)。 新拠点へ移った後は、その他のレジスタンスメンバーの手前、そう頻繁にいちゃいちゃはできないと思われるので(苦笑)、 今のうちにらぶらぶするがいいさ!(笑) …とはいえ、ここでお見せしているのは中途半端な「らぶ」ですが(苦笑)。 ちなみに、素直で従順なやっすんも、堪らんほど可愛いのですが、 相手を無意識に(ここ外せないポイント!)翻弄しちゃうやっすんもまた、堪らんほど可愛いです♪♪ …と、友雅氏は思ってるようです(いや、思ってるのは私か/笑)。 さて明くる日、お花を携えて、やっすんは独りでお出掛けするようですが… この永泉篇もそろそろラストが見えてきました。 今後の展開を、どうぞごゆるりと見守ってやって下さいませ! top back