企画 六★天狗×泰明(パラレル)
「…お、おのれ、またしても!!泰明め〜〜っ!!!」
森の奥深く。
大木の根元で雷牙は、背にある大きな羽を羽ばたかせながら喚いた。
昨日は、眠りの粉を振り掛けられ、不覚にも寝入っている間に相手は姿を消していた。
そして、今日は何と蜂をけしかけられた。
その針攻撃から逃れて、雷牙は泉からこの山の天辺にある大木の根元までやって来たのである。
「たかがノースマウンテンの泉ひとつを根城にするフェアリーごときが、山全体を治める大妖である儂をこう何度もおちょくるとは…」
雷牙はブツブツとぼやくが、正確にはおちょくられている訳ではない。
ことあるごとに、フェアリーの泉に顔を出し、騒がしくちょっかいを掛ける雷牙を、
フェアリーの泰明がうるさがって、撃退をしているだけの話だ。
雷牙はその場にどっかりと座り込み、立てた膝に頬杖をして、泰明と初めて出会ったときのことを思い返した。
空中散歩の折、気紛れに下りたフェアリーの泉。
そこに泰明はいた。
柔らかな陽射しに煌く水面よりも更に煌くその姿。
ほっそりと華奢な身体に薄衣を纏い、木々の緑の如く瑞々しい翡翠色の髪を長く背に流している。
髪の間から見えるのは陽に透ける薄い翅。
水辺に腰掛けたフェアリーは、周囲を飛び交う色取り取りの鳥や羽虫と戯れていた。
差し伸べる白く細い指先に蝶が止まる。
小鳥が囀りながら、細い髪を啄ばみ、華奢な肩を跳び回る。
不意にフェアリーが、蝶を離した細い指先で傍らの草の葉を摘み取り、口付けた。
瞬間、葉は淡い光を放ち、翡翠色の蝶へと変化する。
雷牙はその様を呆気に取られて眺めていた。
フェアリーの中には、魔法を使う者もいると聞いたが、これがそうなのか。
そんなことを考える雷牙の目前で、己の生み出した蝶と遊ぶ鳥と羽虫を見るフェアリーが愉しげに声を立てて笑った。
綺麗な、同時にあどけなくもあるその笑顔。
姿かたちもさることながら、何よりもその笑顔に、雷牙は釘付けになっていた。
それなのに。
泰明は雷牙には一度も笑って見せたことがない。
いつも氷のような無表情か、迷惑そうに細い眉を顰めた表情しか向けてくれないのだ。
自分が現れると、怯えたように隠れてしまう他のフェアリーとは違い、泰明だけは雷牙と正面から向き合ってくれるのだが…
「…気に入らんものは、気に入らん!」
雷牙はむくれてひとりごちる。
泰明が笑ってくれないのは、傍迷惑な悪戯ばかり仕掛ける自分自身に問題があることに、雷牙は気付いていなかった。
そんなある日。
また、泰明にちょっかいを掛けようと泉へ向かった雷牙は、すぐにその細い背中を見付ける。
「やす…!」
しかし、呼び掛けの声を思わず呑んだ。
泰明の背に綺麗に畳まれた透明な翅が、僅かに震えている。
と、気配に気付いたのだろう、泰明が振り向いた。
いつもの無表情。
しかし、その目尻から透明な雫が煌いて散ったように見えて、雷牙は息を呑み、訊ねた。
「ど、どうしたのじゃ?」
その問いに、泰明は長い睫を伏せ、ついと視線を元に戻す。
その澄んだ眼差しが向けられた先、茶色い土の上に空色の小鳥が力なく横たわっていた。
数日前まで、泰明と戯れていた小鳥だ。
泰明は黙ったまま、その場の土を掘り始めた。
白く綺麗な指が汚れていく。
雷牙はただ立ち尽くしていた。
泰明はもう振り向かない。
華奢な背中が自分を拒絶しているように感じられて、雷牙は掛ける言葉もなく、その場を後にした。
数日後。
躊躇いながらも、雷牙はフェアリーの泉を訪れた。
泰明はいた。
「来たのか」
相変わらずの無表情で出迎える姿に、一瞬安堵する。
が、色違いの瞳に、拭いきれない翳りがあるのに気付いた。
改めて見れば、心なしか元気がないようだ。
細い身体もまた、少し痩せたような…
雷牙は、ぐ、と唇を引き結んだ。
たかだか数日で、心は癒されないだろう。
それは分かる。
だが、こんな泰明の姿を見ると、何ともやり切れない心地となる。
自分が傷付いたわけでもないのに、胸が苦しい。
「…っ?!何をする!」
唐突にぐいと迫ってきた雷牙に抱き上げられ、泰明は驚いた声を上げた。
それに構わず、雷牙は泰明の華奢な身体を抱いたまま、羽根を羽ばたかせ、宙へと舞い上がる。
「!!」
一気に泉を囲む森の木々を超える高みへと連れ去られて、泰明が身を硬くする。
幾ら飛べるとは言っても、泰明の薄い翅では、経験することの出来ぬ高さなのだ、無理もない。
「安心せい。こんなに軽いおぬしを落としたりはせぬ。それよりも…見てみるが良い」
雷牙の声に促され、泰明はゆっくりと周囲を見渡した。
眼下にフェアリーの泉とノースマウンテンの森が小さく見えている。
目前には何処までも拡がる明るい青空。
その中を白い雲がゆっくりと泳いでいく。
徐々に身体の強張りを解いた泰明は、大きな瞳を見開いて、自身を包む初めての光景に見入っている。
彼方の白い雲から湧き上がるように、白い鳥の群れが現れた。
群れは真っ直ぐ、雷牙と泰明の元へと飛んできて、戯れるようにふたりを取り囲んだ。
泰明が白く細い腕を差し伸ばすと、鳥たちはそれに纏わりつくように、順繰りに近付いては離れる。
そのとき。
泰明が笑った。
無垢な笑顔で、無邪気な声を立てて。
初めて泰明を目にしたときに、雷牙を釘付けにした笑顔だった。
間近で見た泰明の笑顔に、雷牙の胸がふわりとした羽根のような柔らかいものに包まれ、温かくなる。
同時に、先ほどの苦しさとは違う疼きを感じた。
それは…
笑う泰明を抱いて、雷牙はようやく自分が抱いている泰明への想いが何なのか、分かった気がした。
ノースマウンテン(北山)って、幾らなんでも安直過ぎだよねって言う…(苦笑)
企画第六弾は、天狗×やっすんです。
「雷牙」って誰よ?と思った方は、当サイトの天狗登場の作品を御覧になることをお勧めいたします(笑)。
そして、天使の次は妖精でしょ♪という短絡的思考により、フェアリーなやっすんをお届け。
エンジェルも良いけど、フェアリーなやっすんも良いっ♪
元々浮世離れしてるから(笑)、こういうのがハマるんですかね?
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