企画 四★鷹通×泰明 「治部少丞殿、少し宜しいですかな?」 「はい、何でしょうか?」 時刻は午の刻辺り。 珍しく残業をせずに仕事を切り上げ、帰り支度をしていた鷹通だったが、それを見計らったように、同僚から声を掛けられた。 内心訝しく思ったが、穏やかに応じる。 すると、相手はすす、と鷹通に近付き、広げた扇を手に、内緒話の体勢となった。 「実は、お伺いしたいことがございましてな…」 「はい」 「貴殿は先年、八葉として伝説の龍神の神子にお仕えしたのでしたな?」 「?はい」 「同じく八葉であった方々とは、今も親しく交際なさっているのでしょうかな?」 「ええ、まあ…」 「では…」 同僚の目がきらりと光る。 「かの安倍晴明様の愛弟子、安倍泰明殿とも親しくなされていらっしゃるでしょうな?」 その問いに、鷹通は曖昧に微笑んだ。 同僚の意図が読めてきた。 鷹通の笑みを肯定と受け取った同僚は、僅かに身を乗り出す。 「では、貴殿ならご存知ではありませんかな?泰明殿に想いを交わした方がいらっしゃるかどうか」 想像したとおりの問いだったが、鷹通は答えに窮した。 もちろん、答えは知っている。 しかし、なるべくなら伏せておきたい。 「それは私の口から申し上げるべきことではないと思いますので…」 「そこを何とか!!いや、ではそれは私自らが確認するゆえ、泰明殿にお目に掛かれるよう、橋渡しをしては下さいませんかな? それくらいなら、貴殿にも可能なのではありませんか?」 「申し訳ありませんが…先を急いでいますので……」 そう言い訳をして、鷹通は逃げるように職場を後にする。 最近、鷹通の職場でも、泰明のことが良く話題に上っている。 顔に施されていた呪いが消えて、泰明の生来の美貌がより際立つようになったからだ。 加えて、絹糸の如く艶やかな長い翡翠色の髪や、陶磁器の如く滑らかな白い肌、華奢な体躯は男装の美姫さながら。 美貌自慢の女房や姫君でも敵わないのではないかとすら噂されている。 そんな泰明は今や大内裏中の憧れの的なのである。 しかし、泰明の纏う神秘的な雰囲気は未だ健在で、殆どの者が、その近寄り難さに、直接声を掛けられずに手をこまねいていた。 邸へ届く恋文や贈り物の類は、泰明の師匠が厳しく審査して、泰明の手どころか、目に触れないうちに処分してくれている。 だからこそ、多少は安心していたのだが…同僚が他ならぬ自分に、泰明への紹介を頼んでくるようになるとは。 冗談ではない。 近いうちに何らかの対策を講じねばならないだろう。 思案しつつ歩を進め、右馬寮と左馬寮の間を通り過ぎる。 やがて、談天門が見えてくると、待ち合わせをしたひとの姿が目に入った。 門脇に植えられた花開く石楠花の低木の傍で、もうひとつの花のように佇んでいる。 右耳の上できっちりと結って流している翡翠色の髪がさらりと揺れて、幾束か細い肩から背へと滑り落ちた。 鷹通の姿を認めた左右色違いの瞳が微笑んだ。 釣られるように微笑を返し、鷹通は足を速める。 「泰明殿。すみません、お待たせしてしまいましたか?」 「いや、私も今来たところだ」 鷹通の問いに、泰明は首を振る。 何気ない仕種でそっと石楠花に触れた。 花弁の淡紅色に、白く細い指先が映えて、鷹通は思わず見惚れる。 整った爪先をほんのりと染める紅色が、清廉な美しさに一抹の色香を纏わせる。 「どうした?」 泰明が少女のようにあどけない仕種で首を傾げる。 その目尻と頬が爪先と同じ色を刷いている。 「いいえ」 全くこの方ときたら、どれだけ共に過ごしていても、見飽きるということがない。 姿かたちのみならず、ちょっとした仕種、表情の変化に、今も尚魅せられてしまう。 それとも、それだけ自分の病が重いということなのだろうか。 以前なら多少は気にしていた外聞すら気にならなくなるほどに。 泰明に微笑み返しながら、鷹通は感嘆半分、呆れ半分にそんなことを考えた。 「それでは、参りましょうか」 頷く泰明の華奢な手を取ったとき、視界の端に先ほど鷹通に声を掛けてきた治部省の同僚の姿を捉えた。 泰明の姿を発見して、喜色を浮かべたその顔に、鷹通はしまったと思う。 治部省に程近い談天門で待ち合わせをするのは、避けたほうが良かったかと思うが、もう遅い。 相手が近寄ってこようとする前に、殆ど反射的に、握った泰明の手を引き寄せた。 不意を突かれた泰明の華奢な身体が、鷹通の腕の中に倒れ込む。 瞬間、同僚のみならず、通りすがりも含めたその場にいる全員が凍りつく気配を感じた。 再び鷹通はしまったと思ったが、 「…どうしたのだ?」 腕の中で驚いたように長い睫に縁取られた瞳を瞠る泰明を目の前にして、どうでも良くなった。 「いいえ。いきなりすみません。驚かせてしまいましたね」 「いや、問題ない」 優しく取り直した泰明の手を引いて、門の外へと歩き出す。 背中に幾つもの刺すような視線を感じる。 …どうでも良くないかもしれない。 明日は、間違いなく、同僚からしつこい質問攻めに合うことだろう。 周囲の視線も更にいっそう厳しいものになりそうだ。 鷹通は笑顔の影で冷汗を掻く。 しかし、隣を歩む泰明は無邪気なもので、鷹通と目が合うと、にっこり微笑んだ。 これからふたりで出掛けるのが、楽しみで仕方ないのだろう、目に見えて上機嫌である。 可憐で無垢な信頼に満ちた笑み。 それを見て、鷹通は開き直った。 山のような妬み嫉みを向けられるのは、仕方ない。 これからきっと山のように恋敵も現れるだろうが、それもこれも大内裏中の憧れの君を独り占めしている自分への試練に違いない。 ならば、受けて立つしかない。 何があろうと泰明が傍らにいる幸せを手放すつもりはないのだから。 改めて決意をしながら、鷹通はそっと泰明の細い肩を抱き寄せた。
企画第四弾は、個人的に増やしたいと思っているたかやすです。 え?何でかって?ないからですよ!!(笑) それ言ったら、朱雀組もないですが(そっちも増やしたいです/笑)。 ない割には、鷹通はやっすんとの体格的バランスからしてなかなかいい線いってると思うので。 背は若干低いですが(苦笑)、やっすんより肩幅とかあります、よね? それはさておき、鷹通は仕事人間ってことで、 今回は大内裏を舞台にしたオフィスラブを目指してみました♪←半分嘘。 会社のマドンナと密かに恋仲な平社員の苦労みたいな?…違うか(笑)。 戻る