企画 拾★イノリ×泰明
辺りに鋼の音が繰り返し響き渡る。
その音は、表通りから少し奥に入った通り沿いにある小屋から響いていた。
小屋の中は薄暗く、熱気に包まれている。
その熱気を生み出す炎の前に、一人の青年がいた。
炎と同じ色に燃える鉄に、繰り返し鎚を振り下ろして、鍛え上げている。
鎚を振り下ろすたび、真っ赤な火の粉と青年の汗が飛び散り、炎に煌いた。
やがて、青年は鎚を振り下ろすのを止め、鉄を傍らの水へ入れて冷やす。
取り出した鉄の出来具合を、厳しい眼差しでじっくりと確かめ、やがて納得したように頷いた。
青年が大きく息を吐き、片手で汗を拭ったとき。
小屋の扉が開き、
「イノリ」
低いが不思議に澄んだ耳に心地よい声が響いた。
不意に室内に入り込む光と風。
その中心に佇む恋人の姿が眩しくて、イノリはつい眼を細める。
唇が自然に綻んだ。
「泰明」
呼び掛けると、泰明は返事代わりにこくんと頷く。
イノリは、緋色の髪を片手で掻き上げながら立ち上がり、泰明を誘うようにして、外に出た。
風が涼しくて心地よく、イノリは空へ向かって大きく伸びをする。
イノリが鍛治師として独り立ちして、まだ間もない。
しかし、仕事は順調だった。
仕上げた物の出来が良いと評判で、既に常連客もいる。
これだけ仕事が上手く行っているのは、気力が充実しているからだろう。
そして、気力が充実しているのは、泰明が傍に居てくれるからだ。
そうイノリは改めて思い、手を伸ばして、横にある翡翠色の小さな頭を掻き回すように撫でた。
「…!何をする!」
不意を突かれた泰明が文句を言う。
滑らかな頬を僅かに膨らませて、大きな瞳で睨んでくる様子が何とも可愛い。
「ははは、悪い悪い」
軽く謝って、乱した髪を優しく撫で整えてやる。
そうすると、泰明の表情が緩んだ。
信頼の篭った眼差しで、イノリを見上げてくる。
そんな泰明と眼差しを交わす度、触れ合う度に、イノリの胸が温かいもので満たされる。
出会ったときから、泰明は変わらない。
変わらず綺麗で、可愛い。
尤も、出会った当初は、その隠れた可愛さには気付けなかったが。
幸せな気分で、泰明を見詰めていたイノリは、不意に右目が霞むような気がして、瞬きをした。
「どうした?」
目ざとく泰明が聞いてくるのに、
「いや、ちょっと右目がおかしくて…けど、大丈夫だ。ただ、疲れてるだけだろ」
何でもないことのように軽く返す。
しかし、泰明は表情を曇らせ、細い眉を顰めて首を振る。
「甘く見るな。特にお前は目を酷使する仕事だろう。片目を失明する者もあると聞く」
言いながら、袂の内より小さな包みを取り出してイノリに差し出す。
「眼の疲労に効く薬を調合した。これを呑め」
「ええ!薬ィ?!」
思わず、イノリは大きな声を上げて、困ったように頭を掻き回す。
「その薬ってさ…苦いんだろ?」
「確かに苦い。しかし、その分効能はある」
泰明の答えに、既にその薬を口にしたかのように、イノリが顔を顰める。
「あのさ、泰明…気持ちは嬉しいんだけど、薬はいらねえよ。眼がおかしいったって、大したことねえし。
ちょっと休めば治るだろ。それに、片方が見えなくなったって、もう片方がありゃ…」
「そのようなことを言うな!」
思いがけない強い声音で遮られ、イノリは思わず口を噤む。
「片目が失明すれば、距離感が掴みにくくなるという。そうなれば、残る片方の目に負担が掛かることにもなる。
悪くすれば、残る目も失明する危険性があるのだぞ。私は嫌だ、イノリがそのようになってしまうのは…」
最後は呟くように言って、泰明は悲しそうに長い睫を伏せる。
その萎れた花のような姿に、イノリは打たれ、軽く受け答えしていたことを心の底から反省する。
「…ごめん、泰明。俺、お前の話ちゃんと聞いてなかったな」
細い泰明の肩を引き寄せ、俯いた顔を覗き込む。
「薬、飲むよ。泰明が俺のことを考えて作ってくれたんだもんな。
ほんとに目が悪くなったら、仕事にならねえし…泰明の顔が見られなくなるのも困る」
それを思えば、苦いのは嫌だなどとは言っていられない。
「そうか」
イノリがそう言うと、泰明の表情が明るくなった。
イノリが差し出した手に素直に薬包を乗せる。
その華奢な白い手を包むように捉え、イノリは少々悪戯っぽく言う。
「なあ、泰明。この薬を飲むときにはさ、俺の傍に居てくれねえか?」
「構わないが…何故だ?」
「口直しが必要だからさ」
「口直し??」
「これだよ」
無邪気に首を傾げる泰明の柔らかな唇に、イノリは素早く口付け、照れくさそうに笑った。
企画ラストを飾るのは、初々しい(?)いのやすで御座います!
最後はスタンダードな京版で♪…というには、いささか反則技な気もいたしますが(笑)。
ちなみに、このお話のイノリの推定年齢は20歳、やっすんは7歳(外見21歳)で御座います。
だって、そのくらいの年齢設定のほうが書き易かったんだ…主にイノリが。
でも、イノリは大人になっても、少年っぽさが残ってるイメージ。
鍛治師については、あんまり調べないで書いちゃったんですけど(汗)、
片目が失明しやすいってのは昔から言われてるみたいです。
だから、鍛治の神様(天目一箇神)は一つ目なのだとか?
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